第八花 紫陽花
それからのち。
誰もが呆気にとられる結果に終わった悠日の信用云々の話の後、畳の上に散ったものを片づけた後も続く収拾のつかない状況に、彼らはかなり困惑していた。
「ああああああぁぁぁぁぁ……」
床に突っ伏して、嘆き悲しむ牡丹の姿。
ここに質としておかれてから感情の変化などまるで見られなかったそれとの差に、誰もが驚きを隠せない。
話し合いが終わってからすでに半刻。未だ止まらないそれに、近くにいた沖田が呆れた風情でため息をついた。
「ねえ、牡丹ちゃん。そろそろ泣き止んだら? 泣いたって今の結果は変わらないよ?」
「これが嘆かずにいられるか!」
気が高ぶっているためか、言葉遣いがかなり荒い。
情けなさやら悲しさやら、様々な感情がないまぜになった瞳から流れるのは涙。
真っ赤な目で再度【それ】を見て、彼女は再び突っ伏した。
「姫様ぁぁぁぁ……」
「……いい加減、鬱陶しいんだけど」
かなり大きなため息をついた沖田に、牡丹は再度顔を上げた。そうして、朱色の瞳で彼を睨みつける。
「そもそも! こうまでしなければ信用を得られないということ自体が問題だとは思わないのか!?」
「うん。だって、客観視すれば確かに怪しいしねぇ。君からすれば大事なお姫様で、信頼に値することが分かってても、そうじゃない人間にとっては分からないから」
だから仕方ないじゃない、という言葉に、牡丹は怒りを隠せない様子で、しかしそれをぶつけることもできず、必死でこらえているようだった。
沖田は、悠日が信頼に値することは十も承知だ。まっすぐで正直で、約束を破ることを潔しとしないその性格は好ましい。
だが、それが分かっていない面々にとっては疑うことしかできないのも事実なのだ。
記憶が戻ったことを隠していたこと、それを告げてすぐにこの屯所を離れたこと。疑いしか湧き上がらないのは仕方がない。
もちろん分からないわけがない牡丹だが、それとこれとは別だ。
殴りかかりたい衝動は抑えたものの、口は抑えられるはずもなく、常よりも饒舌になる。
「女の命をなんと心得るか!」
「……まあ、分からないでもないけどさぁ……」
正直なところ、沖田自身もまさかの彼女の行動をかなり残念に思ったのは言うまでもない。だが、それが信用の対価だというのだ。
それが悠日の考えなのだし、嘆いていても始まらない。
「悠日ちゃん自身は無事だったんだし、そのことに関しては安心したら?」
最初の懸念はとりあえず杞憂に終わった。そのことに関しては喜ぶべきではないだろうか。
もちろん、牡丹にとっては全くの無傷というわけではない姿なので、食って掛かりたくなるのは当然だろう。
「どこが無事か!?」
「……牡丹、もうそこまでになさいな」
それまでずっと沈黙を守ってきた悠日が、ため息交じりにそう口にした。
それに牡丹は、ですが! と勢いよく振り返った。
「そんなことを言っている場合ですか! 姫様の…………姫様のぬばたまの
御髪があああぁぁぁぁ……」
悠日を見た瞬間再びそれを視認し、またも涙があふれてきたらしい。
普段涙を見せることのない牡丹のそれは珍しく、悠日もそれにはかなり驚いていた。
もしかすると、これまで張り詰めていた糸が、この結果で一度ぷっつり切れてしまったのかもしれない。
「……髪なんて、そのうちにまた伸びるのに」
「髪は女の命ですよ!? それをそうも……そうもばっさりと……!」
牡丹の言う通り、腰よりも長かった悠日の髪は、今や肩よりほんの少し長いくらいになっていた。
しかも適当にざっくりいったため、毛先はばらばらだ。あとで切りそろえないとなぁなどと考えている悠日の呑気な気持ちとは違い、牡丹はかなり深刻に考えている。
事実髪は女の命だ。しかし、今現在結い上げることはない分切っても支障はないのが事実。
そのため、悠日としてはいつかここを離れるまでに伸びればいいかと思っていたのだ。
「長年丁寧に手入れされながら伸ばされた髪を、普通そこまでためらいなく切れますか!?」
「では、他に何かあった? 命を差し出すわけにもいかないし、かといって他に信用の対価として渡せるものなんてないでしょう」
それもまた事実なので、牡丹は押し黙った。
信用とはかなり重い物。信頼はさらに重い。
前者であってもその対価は生半なものであってはならないのだ。であれば、髪がその対価となるのならば安いものだと思う。
「結果的には皆さん受け入れてくださったし、いいじゃない。ね?」
ここに居られるだけの信用があればいいのだ。これまでどおりの監視付きの生活でも何ら問題ない。
だからこの結果にも、自分の選択にも後悔はしていない。
その旨を告げれば、牡丹は渋々と言った体で頷くしかない。
「……分かりました」
ようやく落ち着いた牡丹の様子に苦笑すると、少しばかり状況に引き気味の土方たちを見て、悠日は頭を下げた。
「お見苦しいところをお見せしました」
その様子に戸惑ったのはもちろんなのだが、それ以上にかなり真剣な瞳が悠日から向けられていることに少し驚愕した。
その口から何が発されるのかと身構えたのを知りつつ、悠日は躊躇いなく口を開いた。
「それと――御人払いを、していただけますでしょうか? ……皆さんが伏せていらっしゃることについて、お話がございます」
それが何を示すのか、それを理解した千鶴以外の面々が目元を険しくしたのと、牡丹が身構えるのはほぼ当時だった。