第八花 紫陽花

 秋も終わりが近づき、色づいた木の葉がひらひらと空に舞う。

 強く吹く風に紛れて、ぴい、という鳴き声が空から降ってくる。
 縁側に座って空を見上げていた牡丹は、それを聞き取り、つと目を細めた。


「……どうしたのかな、牡丹ちゃん?」


 壁際に座っていた沖田が、その様子に怪訝そうに眉を寄せる。
 だが、それに答える様子なく、牡丹はすっと手を前に出した。

 いったい何かと沖田が立ち上がったとき、空の上からこげ茶の塊が羽を広げて降下してきた。

 大きな鷹だ。たくましい足が、手甲を付けた牡丹の腕に降り立つ。
 その足に結び付けられていた紙を器用に解くと、牡丹はそれを開いた。

 それを見届けて、鷹は再び空高く舞い上がる。
 それを見送る二人に、挨拶をするように一度旋回して円を描くと、鷹は北方へと去っていく。

 手紙の内容を目だけで追うと、牡丹はそれを沖田に向けてひらめかせた。

 言葉のないその動作に眉を寄せつつも流れるような文字が書かれたそれを受け取った沖田に、牡丹は淡々とその内容を告げた。


「姫からの先触れです。今日夕暮れ時に、帰ってくるとのことですよ」


その言葉とともに、沖田は牡丹が告げた内容と同じ文面の書かれたそれを見て、小さく目を見開く。


「……本当に、ひと月か。あの子、本当にそういうところ、律儀だよね」


 出ていったあの日から、今日でまるっとひと月。約束を違えないというその彼女の精神は、ここまで来るとそういう感想にならざるを得ない。


「それで、これ、土方さんたちに見せていいのかな?」

「私のところに来させたのは、あの鷹が私と顔見知りで、それ以外にこことの連絡手段がないからです。私はあくまで仲介。それを土方たちに見せてならないのであれば、姫も別の手段を取られます」


 それは暗に、極秘での連絡手段がないわけではないということだ。
 もちろん、それを用いていたのであれば彼女も身は危ういが、彼女の性格からそれをするとは思えない。


「じゃあ、君も来なよ。君ひとりにさせると、土方さんうるさいから」


 そう言って背を向けた沖田に、牡丹はため息をつきながらついていく。
 監視の中での生活というものは、実をいうと牡丹には経験がなかった。

 悠日の状況は、昔からこれにある意味近い。
 外に出れば危険が伴う以上、必ず誰か一人はついていくことになっていた。
 それが半分監視に近いものだったということに、護衛としてほぼ毎回付き添っていた牡丹はいまさら気づいたのだ。


 守ろうと思ってとっていた行動は、その対象を傷つける。そのことに気づくのは、遅かったのかもしれない。

 だからこそ。
 遅かったから、八年前彼女は、いけないことだと分かっていて外に出たのだろうか。

 それがあって目の前のこの男と悠日との関わりがあり、今の悠日がある。
 正直なところ、牡丹にはそれがいいことだとは思えなかった。

 彼女の本来の立場と、役目。そして、これまでの過去。それを鑑みれば、おのずと結果はそこに結びつく。

 それでも、悠日がそれを望んでいる以上反論はできない。その身に危害が及ぶわけでもない。
 ただ、それが牡丹の信念と相反しているというだけなのだ。

 悠日はすでに、自身で判断し、行動するだけの力は備えている。そしてそれは、牡丹が想像していたものと違う道を行きつつある。
 代々続く流れとは違うそれに、もう昔の考え方にとらわれていてはいけないのだと告げられているかのようだった。

 何が正しくて何が間違っているのか、彼女には分からなくなってしまっていた。

 そんなことを考えていた牡丹は、不意に目の前の影が濃くなったことに足を止めた。


「はい、着いたよ。君がちゃんと説明してね、牡丹ちゃん」


 考え事をしているうちに、どうやら目的の場所へ着いたらしい。
 中にいたのは土方だけだが、彼に伝えればことは済む。

 小さく息をつくと、牡丹は部屋に足を踏み入れた。


「……何の用だ」


 ひと月たっても警戒の表情は消えない土方に、牡丹は淡々と告げた。


「姫が、夕刻戻ってみえる。先ほど、先触れがこちらに」


 やってきた先触れの手紙を沖田が手渡すと、その内容を確かめて土方は牡丹を睨みつけた。

 その意図を分かっている牡丹は、同じく土方を睨みつけながら言い放った。


「信じられぬというなら、信じなくて結構。ただし、今後もその状況が続くのであれば、姫には再び八瀬へ戻っていただくだけのこと」


 別に自分がどう思われていようと構わないが、ここにいたいという悠日の意志は尊重したい。
 だが、ないがしろにされるような状況に彼女を置いておくほど、彼女もお人よしではない。

 悠日は約束を守った。であれば、それ相応に『信頼』という対価は欲しいと思うのは間違っているだろうか。

 ピリピリとした空気が漂う中、沖田がそれとは全く反する言葉を発した。


「まあ、悠日ちゃんがちゃんと帰ってこればいいんだし、それまで待ってればいいんじゃない?」


 雰囲気ぶち壊しのその発言だが、一時休戦とでもいうように二人はほぼ同時に息をつく。

 とりあえず納得はしているらしい牡丹に反し、土方はしばらく思案する風情だったが、再び大きくため息をつくと前髪をかき上げた。


「分かった。ただし、あいつが宵になっても帰ってこなけりゃ、容赦なく敵とみなす。……いいな?」

「好きにするといい」


 約束は果たされる。
 それを疑うことのない牡丹の瞳に、沖田は横で小さく笑っていた。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -