第七花 誰故草

 それから数日後。

 沖田は、屯所でかなり不機嫌そうな表情を顔に出しながら牡丹の監視に努めていた。

 監視と言っても、悠日に関する他愛ない話をしているだけなのだが。


「……君たちの一族ってさ、あんな人ばかりなのかな、牡丹ちゃん?」


 嫌味のごとく牡丹にそう尋ねる沖田だが、牡丹はそれに睨みを返した。
 そうではない、とその目が告げている。



 悠日はあの話し合いの後、土方たちの許可をもらった沖田を伴って八瀬へ向かった。
 しかし、沖田は屯所に戻ってきたのだ。

 部外者が入ることはまかりならん、宇治の姫のみ受け入れる、と文字通りの門前払いをくらい、登った山々を再び下りる羽目になった。

 悠日が無事に目的地に着くまでの護衛のような役割ができたことはよかったものの、そこから先もそのつもりで行った沖田なので、そのことに大層腹を立てた。

 自身の気持ち云々は横に置きつつも門前払いを受けたことだけ伝えれば、もちろん土方たちの悠日に対しての疑いが濃くなり、牡丹の監視が強化された。

 そして、その話を聞いて牡丹が頭を抱えたのは言うまでもない。
 できるだけ穏便に事を済ませようとした悠日の苦労が水の泡だ。

 とはいえ、あの地の者たちが一筋縄ではいかないことも分かってはいたため、悠日としてはおそらく想定内のことだったのだろうが。

 しかし、分かってはいても最も穏便な方法をとることはできなくなったので、これから先の苦労が偲ばれる。

 ため息をつく牡丹に、沖田はそういえば、と口を開く。


「そもそも、なんで悠日ちゃんって、ああも閉鎖的なのさ」


 ここ新選組でもそうだが、江戸で会ったあの時でも外とのかかわりを厭っていた。
 狙われているといっても、傍には護衛もいるのだから、そこまで閉じこもることはないように思うのだが。


「危険があまりに多すぎて、外に出ることはそもそも稀でした。姫は、そのことに慣れてしまっていらっしゃる。……仕方のないことです」

「……仕方ないって、可哀想だとは思わないんだ?」


 外を知らないということは、外の情報を簡単に収拾できないということだ。
 彼女が主家の人間ということは下の人間が集めてきた情報で外のことを知るのだろうが、いくらなんでも極端すぎる。


「それで、もし身罷るようなことがあったらどうするつもりですか? ……それくらい、あの方にとって外の世界は危険に満ちた場所なのです」


 だからこそ、八年前江戸へ赴く際にも少数精鋭だったのだ。
 人数が多ければ目をつけられる。それゆえに人数を少なくし、一人一人の力を強いように護衛にあてた。

 主家の護衛を務める一族の長とその娘は、精鋭中の精鋭だった。


「……でも、あの子は江戸の千鶴ちゃんに会いに行ったんだよね?」

「それは、一種の責務でしたから仕方ありません」


 あまり外に出る機会のない霞原の姫にとって、それは生涯に数える程度しかない外出のうちの一つになるはずだった。

 今現在ここで世話になっている時点で、故郷から外に出たという意味では過去の姫たちよりは異例だろう。
 そして、信頼のおけるものは少なくとも二人いるのだ。
 まだ、単に『外に出た』というよりは多少なりとも安心はできる。

 その『信頼のおけるもの』の一人が、牡丹としては簡単に認めたくはないものの、目の前の沖田だ。

 悠日が少なくとも信頼していて、周りにいる新選組の人間の中では悠日に関連してという意味でまだましと考えているのか、牡丹の沖田に対する口調は以前より少し柔らかいものになっている。

 そして、その辺りも関係しているのか、牡丹は沖田と千鶴以外の人間と話をするつもりはないようで、誰が話しかけても基本無反応だ。

 沖田に対してなぜそうなのかは新選組の面々はよく分かってはいないものの、それ故に、情報を仕入れて来いと土方から指示を受けている。


 情報も何も、知っていることは知っている。
 沖田があえてそれを隠しているだけなのだから、悠日に関しては話そうと思えば話せるのだ。

 別に、自分の立場が悪くなるのはいい。近藤に疑われるのは心が痛いが、別に疑われることをしているわけではないのだから堂々としていればいいだけなのに。

 それでも、悠日は自分と知り合いだということを黙秘していてほしいと言ったのだ。

 そういうところで頑固だよねぇ、とため息をつくと、沖田は牡丹を振り返った。


「多分愚問だと思うけど、悠日ちゃんは戻ってくるよね」

「当たり前です。姫は、必ず戻っていらっしゃいます。約束の反故は、私たちの一族にとって最も恥ずべき行為ですから。……あれについては、特に」


 あれ、というのは沖田と悠日が交わした花結びのことだ。
 ほかにも花結びは残っている。

 その一つを解きに、悠日は八瀬へ向かったのだ。

 戻ると言った。ひと月、その間だけ離れる猶予が欲しいと。

 彼女が言ったように、実際勝手に出ていくことも可能だ。だが、ここに戻るつもりがある以上言っていかなければならない。

 千鶴のためでもあるが、悠日自身のためでもあると何人が気づいているだろうか。

 おそらく、帰るときには先触れを寄こすはず。

 だから別に警戒する必要などないと牡丹は言いたいのだが、ここ数か月の間の長州との関係性を考えると、土方の警戒も分からないわけではない。


「……あの方がお帰りになれば、その目的が何だったのかはおそらく知らされるでしょう。……今無駄な詮索をしても私が話すことはないと、土方に伝えてください」


 今自分の口から話す情報はない、と言わんばかりにそう告げた牡丹に、沖田は分かったよ、と苦笑を返すのだった。


<第七花 終>
2013.4.25.

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