第七花 誰故草

 彼らが何を考えているか、分からないわけではない。
 その考えを見越して、悠日は口を開いた。


「……こちらにも何か保険をおいて行けと、そんな顔をしていらっしゃいますね」


 そう口にすると、驚いたように土方は目を見張ったが、すぐににやりと笑った。


「よく分かってんじゃねぇか」

「だてに半年、ここで過ごさせてもらったわけではありませんから、嫌でも分かります」


 監視を連れていくことに寛容であるということに疑問を持たれているのは分かっている。それくらいの想像は簡単についた。

 土方の言いたい『保険』はおそらく『人』だ。人質という意味だろう。

 もちろん、彼らは悠日にとってそれに当てはまるものがいるとは思っていないので、それがないなら引き受けられないと、そういう意味でのものだと思われる。

 いないわけでは、ない。そして当てはまる人物など、今の悠日には一人しかいない。

 彼らはそれを知らないため、もし頑として行こうとするのであればおそらくその対象を千鶴にするつもりなのは理解できた。

 だが、どちらにせよ彼女達を『質』としておいていくほど彼女も非情にはなれないでいるのが現状だ。

 千鶴であれば土方たちが容易に始末するとは思ってはいないし、今一人に関しても彼らに負けるとは思えない。
 だが、『情』の部分でそれをするのを認められない自分がいる。

 千鶴に、そんな怖い思いをさせることなどしたくない。

 そして、一族の者で生存が確認できているのは彼女――牡丹だけで、最も信頼できる者も同様だ。



 仕方ない、と悠日は自身の首元に手をやった。
 身構えた土方たちとほぼ同時に、どこからともなく一人の少女が舞い降りた。

 何かを取り出そうとした悠日を制するように、その手を抑え込む。

 急に現れたその姿にすぐ抜けるよう柄に手をかける土方たちだが、それが誰か分かっている沖田は大きくため息をついた。
 緩慢に柄に手をかけるも、それはとても形式的なもので抜刀体勢にはない。


「……それだけはなりません、姫。なぜ今一つの選択肢に目を背けられます」


 今にも刀を抜かれそうな雰囲気の中、そちらに背を向けて牡丹は悠日に向き合った。

 身軽な格好をした少女。動きやすい服装はまるで忍者のそれで、朱色の瞳からの視線はまっすぐ悠日に向いている。



「ここに残れと命じてくだされば、私もそれに否は唱えません」


 従者としてのその言葉に、土方たちは眉を寄せた。
 悠日の『姫』と呼ばれる出自。かなりの忠誠が感じられる言葉の端々には、覚悟が見られる。

 ――いったい、悠日は何者なのか。

 そんな疑問が湧き上がるが、悠日の隣にいる少女の気迫がそれを許さない。

 覚悟のできている牡丹に対し、悠日は悩んでいる様子だった。


「……私に、それができるとでも?」


 そういうことにならないように、牡丹を呼ぶことだけはしなかったのに、あちらから出てこられては逃れようがない。
 そんな悠日の考えを見透かすように、牡丹は小さくため息をついた。


「時には非情になることも必要だと、常々申しております。お母君からも、そのことは何度も申し上げられていたはずです。……違いますか?」


 違わない。
 一族を背負う以上、捨てなければならないものと捨てていいものを、即決するだけの決断力と判断力が必要だと何度も言われた。それに伴う心の強さも身につけなさいと言われたのは随分前だ。

 主家の人間はいつも、そういう命令をする立場にある。決断の結果を受け入れるのはいつも怖い。

 それでも、今回の場合、そうしなければならないのだろうか。

 危険の可能性がないわけではない。どんな扱いをされるかさえ分からない。
 そんな状況に牡丹を置いていく決断を、強さと呼んでいいのか。

 だが、その判断について助けを求めたくても、応じられる人はいない。自分で決断しなければならないのは分かっている。

 そして、選択肢はそれ以外にないのも分かっていた。

 一度目を閉じて、悠日は思案する風情だ。
 心を定めるべく、自身を落ち着かせている。

 そうして目を開けたとき、悠日の瞳には不安は見え隠れしているものの決意した光が宿っていた。


「……いかが、ですか。土方さん」


 心底つらそうなその表情に、土方はしばらく考えて頷いた。

 悠日の様子から、従者らしき少女――牡丹がここに残ることを心の底からよしとしていないことははっきりと分かるからだ。


「それなら、いいだろう。で、こいつの監視につくやつだが……」


 そう言って周りを見回す土方。
 ここにいるのは信頼に値する者。『あれ』の存在を知らないものには監視を任せることはできないので、ここから選出するしかない。

 監察方の者が一番だろうか、などと考えていた土方に、一人がはっきりと告げた。


「――僕が行くよ」


 そう言って手を挙げたのは、この話し合いが始まってからずっと黙っていた沖田だった。


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