第七花 誰故草
帰ってすぐ、悠日はかなり鋭い視線をその身に浴びていた。
ここに来た時よりも鋭く感じられるのは、あの時は事情を知らなかったからだろうか。
記憶が戻ったことを伝えた上での頼みから始まったこの話は、かなりの緊迫感をはらんでいる。
戻り始めたのは池田屋以降。近藤が江戸に向かった日には完全に戻っていた。
それをずっと隠していた上に、すべてをつまびらかにしたわけではない。
話したのは、出身が京であること、江戸にいたときに千鶴のもとに世話になったことだけだ。それ以外は全く話していないのだ。あまりにも多くのことを隠しているのだから、信用にかかわるのは仕方がない。
「……簡単に、それが受け入れられると思ってんのか?」
冷たい土方の声が空気を小さく震わせる。その声に千鶴が萎縮しているが、悠日はそれを申し訳なく思いつつも毅然とした瞳を彼に向ける。
それは、これまで悠日が見せていたどの表情にも当てはまらない。
周りの面々もそのことに驚きを隠せないようである。
「もちろん思ってはいません。別に勝手に出て行かせていただいても構わないのですが、私がそんな勝手をして一番迷惑をするのは千鶴ちゃんですから、その旨を告げたうえで行こうと思っただけです」
本来、彼女の進言がなければ今どうなっていたか分からない。つまり、その見返りは千鶴に向かうことになる。
それが分かっているから、容易に受け入れられるとは思ってはいないながらもあえて話をしたのである。
土方たちが受け入れるか否かはともかく、話を聞かなければ話は進まない。
「で、お前はどこへ行くんだ」
「行先は都北方、八瀬。私の親戚にあたる方がそこにいるので」
まだ行くつもりはなかった。動くことがかなり危険を要することも分かっている。
それでももう、誰かに守られてばかりというのは嫌だ。
「目的は」
「自身を守るすべを、得るために。ひと月で構いません。……どうか、お願いします」
ここでやってもいいと言われてしまえばそれまでだ。だが、それ以外にもかの地の主とやるべきことがある。
今動けるうちに動いておかなければ、本当に足手まといにしかならなくなってしまう。
「だが、お前が本当に信用できるかどうかということは、まだ分からねぇんだぜ?」
「そうでしょうね。仮に私が長州などの敵方と手を組んでいた場合、不利になるのはこちらでしょうし。……ここで私がそれを否定しても、皆さん信用してくれないでしょう?」
それには無言が返ってきた。すなわち肯定だ。
分かっていたことだが、事実を突き付けられると内心ため息をつきたくなる。
いつもならばそこで茶々を入れてくる沖田だが、今日は黙っていた。
この場を設けてもらえるように頼んだおり、口出しはしないで下さいとくぎを刺したのだ。そして、自分との関わりも伏せておいてほしいと。
元々敵か味方かはっきりしないうちにここにいることが決まり、沖田も悠日が顔見知りだとは一言も言っていなかった。
今更それを言えば、沖田の立場が悪くなる。
それもあってか、沖田からはいらいらした空気が悠日に伝わっては来るものの、約束は守ってくれているらしいことにはほっとする。
そんなことを考えながら、悠日は話を続けた。
「別に、誰かがついてきてくださっても構いません。私がどうしているかということを伝えることについても。ただし、私が向かう地の内情については口をつぐんでいただくことになると思います」
それは、こちら側の身を守るための防衛策だ。その一言が警戒をあおることになることは分かっているものの、言わないではいられない。
行く先に迷惑はかけられないので、それだけは言っておかなければならない。
もちろん最後の一言に、面々は眉を寄せた。ついていくことが構わないということは、監視されていことに問題はないということだが、一種の矛盾もうかがえるように思える。
あまりにも譲歩されていることを見ると、むしろ火に入る夏の虫になりかねないのではないか。そんな懸念が土方の中に浮かんでくるのだ。
そう考えると、簡単に許可を出すことなどできない。それこそ、彼女がこちらに刃を向けないよう、別の何かが必要になってくる。
ならば、と考えているうちに、悠日が小さく息をついて苦笑した。