第七花 誰故草

 心底申し訳なさそうに目を伏せる悠日に、沖田は小さくため息をついた。


「まあ、いいけどね。……多少なりとも、君は話してくれたし。それに、君が何考えてるのかもなんとなくわかったし」


 うつむいていた悠日は、その言葉に驚いたように顔を上げた。

 視線の先には、呆れた表情がある。


「どうせ君のことだから、巻き込みたくないとかそんなこと考えてたんでしょ?」

「うっ……」

「で、外に出たくはなかったし話したくないし、ってとこじゃないの?」


 ……どうしてそこまで見透かすのか。
 そんな目を向ければ、沖田は面白そうに笑った。

 本当に、この人には勝てる気がしない。


「君単純だし。外に出ていいって土方さんが言っても、あまりうれしそうには見えなかったからさ。……言ったじゃない、僕が守ってあげるよって」


 僕って信用ないのかなぁ、といつかと同じような言葉を向けられれば、悠日は困惑したように視線を泳がせる。

 守られることには慣れていた。里の者は、何をおいても主家のものを守る義務を課せられていたから。

 だから、どうしたら邪魔をすることにならないか。どうしたら足手まといにならないか。いつもそんなことばかり考えて。


 いつしか、最低限自分の力で自分の身が守れるようになりたいと思って、薙刀の練習を一生懸命頑張るつもりだったのだ。
 もともと、嗜みとして習うものを本格的に。

 その意志も、この八年で水泡に帰してしまったが。


 守られる立場というのも意外に難儀なものだということを、守る側は分かるだろうか。

 守られる者もまた、守るものが斃れることを恐れているのだ。守ってくれる対象がいなくなった恐れではない。自分のせいで人が死んだと、生き残った場合であっても後悔することになるのが怖いのだ。

 その恐怖を持ちながらも前に出ることを許されない――守られなければならない歯がゆさは、あまり気持ちのいいものではない。

 巻き込みたくないと考えているだけに、この場合の『守られる』ということは受け入れがたかった。

 別に、沖田を信用していないわけではない。今も昔も信頼していることに変わりはない。
 だが、大切に思うからこそ距離を置いたほうがいいのではないかと思うことがある。

 もちろん、それを受け入れてくれるような人間でないことを悠日も分かっている。


「君の事情には、できる限り深入りしないでいてあげる。それで君が逃げることになったら、僕は君を斬らなきゃならないからね」

「人のことを斬る斬る言っていた人の言うことですか?」

「もちろん脅しだよ? そうでもしないと、君逃げちゃいそうだったから」


 記憶がなかったころは素直に守られてくれていたし、逃げずに屯所にいたからそれを実行することはなかった。

 だが、今の彼女は巻き込まないために離れかねない。そうすれば……隊の秘密を知っている悠日を始末せざるを得なくなってくる。


「……僕に、君を斬らせるの?」


 寂しそうな瞳に見つめられては逃げるすべはない。
 この目に昔から弱いのは分かっているのに、逃げられない。


「まあ、君がそれに頷くような子だったら、脅してもないけどね」

「……そう、でしょうね」


 あえてそんなことをやらせるほど、悠日も非情にはなれない。
 脅してきたのも逃げて斬ることにならないため。今まで見せてきた冷たい一面すら、守るためのものだと思うと何も言えなくなる。


「……でも、もう、大切な人が目の前で死ぬのは……。私が生き残るために命を落としていく姿を見るのは、嫌なんです」

「君さぁ、僕のことなんだと思ってるの? これでも天然理心流の免許皆伝だよ?」

「総司さんの強さは分からなくはないです。でも……私が、相対しているのは……」


 人ではない。そう言いかけて、言っていいものかわからず口を紡ぐ。
 池田屋で風間に押されていたのは数か月前のこと。あれからしばらく、彼は表舞台にはあまり出なかった。

 彼らの強さは人間を凌駕する。そう、それこそ……『あの者』たちのようにならなければ。

 黙り込んでしまった悠日をじっと見つめた沖田は、小さくため息をついて


「まあ、君が嫌だって言っても、僕は僕のやりたいようにするから」


 守る役目を負うのは、今も静かに見守る牡丹。それを知っていて彼は守るという。
 悠日の意志など丸無視だ。
 何を言っても無理ならば、こちらが譲歩するしかない。


「その顔だと、いいのかな?」


 諦めた風情の顔はもちろんその通りだ。
 唇を引き結んだ悠日は、両手を胸元で握りしめた。


「総司さん」


 深呼吸して、悠日は沖田を見上げた。

 その瞳にあるのは、いつかの日に自身について話すと決めて花結びをした時の、決意の光。


「……一つ、お願いがあります」


 その先の言葉に、沖田はこれ以上ないほどに目を見開いた。

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