第七花 誰故草
燃え盛る炎が地を舐めていた。
里に入った瞬間に見たのは、数多の躯。里にいた一族の者が、地に伏せていた。
大人も子供も関係ない。
地を流れる赤が、炎に照らされて光っていたのを思い出す。
「……でも、どうして……」
「私にも、よく分かりませんでした。ただ、彼岸は『どちらにもつかなかったから』と、言っていて……」
どちらにも。
その言葉に沖田は眉を寄せる。
その『どちらにも』というのは、一体誰を、何を指すというのだろうか。
それについての疑問を沖田が持っていると分かった悠日だが、それに関しては触れるつもりはなかった。
分かってはいない。だが、あの時の情勢を考えて、それを予想することは容易だ。
「壊滅状態だった里に残っていた母は、私を逃してくれました。本来母の身を守らなければならない彼岸に、私を託して」
そのあと、母がどうなったのかを悠日は知らない。
彼岸に抱えられ、牡丹とともに都を出てすぐ追手に追いつかれた。
それを引き受けた彼女は、牡丹に悠日を守りきるように言い聞かせその場に残った。
刃を手にしたその背は力強く、――悲しかった。
あれから八年。彼女の安否は聞こえてくるはずもなく、今に至る。
「それで、君はそれから……」
「仲間、というと少し言葉は違いますが……同胞、というのが一番いいんでしょうか。……助けて、もらいました」
だが、その言葉とは裏腹に、悠日の表情は助けてもらったもののそれではなかった。
木漏れ日がふいに途切れ、小さな光の線だけが降り注ぐ。
視界がふいに暗くなった中で、悠日の薄紫の瞳が光ったように見えた。
季節外れの寒風が吹いた錯覚さえ覚えるほど、その瞳には冷たいものが宿っている。
「……さらわれた、の間違いじゃないの?」
以前、立ち聞きしてしまった悠日と風間の会話。
『軟禁されていた』ということと、隠されていた『存在の事実』。
それを思い出しての予想を沖田が口にすれば、悠日は大きく肩を震わせた。
そうして向けられた瞳は、なぜそれを知っているのかという戸惑いに揺れていた。
悠日は沖田があの場にいたことを知らないからだ。
同時に、木の上からそそがれる視線の鋭さが増す。
沈黙の中、ざあっと木の葉の擦れる音が響いた。
「それ以上は、訊かないでください。……お願いします」
はっきりとした拒絶。答えたくないというのがありありと分かる。
だがその言葉が、肯定も否定もしないそれが――答えだ。
「……それで、そのまま八年経って……今に至る、という感じです」
はぐらかすように紡がれた言葉は、八年という長い歳月が省略されているものだ。
それを悠日も自覚しているものの、それ以上を口にするつもりはなかった。
それを話せば、踏み込まなくていい領域に彼を踏み込ませてしまう。
彼は自分たちとは似て異なる者。知らないほうがいいこともあるのだ。
「……結局君は、今も昔も自分のこと、あんまり話してくれないね」
責めるわけではない苦笑交じりのそれに、悠日は視線を逸らす。
心が痛いのは今も昔も変わりない。
それでも、巻き込みたくない。だから本当なら、あの場所からも離れるべきなのだ。
離れられないのは――千鶴を理由に離れないのは、自分の我が儘なのだと自覚している。
傍にいたいのは本心で、巻き込みたくないのも本心で。
だから、せめて見つからないよう、ひっそりとこもっていようと思っていた。
だが、彼は自分を外に出したがる。
息の詰まらないように。少しでも気が晴れるように。
そしてそれもまた、悠日の意に沿うものなのだ。相反する感情は、自分を迷わせることを知っていても抑えることなどできはしない。
「ごめんなさい……」
彼の言葉には、悠日はそう返すしか術はなかった。謝って何になるわけではない。それでも、それを言わなければ気が済まなかった。