第七花 誰故草
そのまま半ば引きずられるように、悠日は沖田とともに町に出た。
鮮やかな振袖をまとった町娘や刀を腰にさした武士。
動きやすい着物を着て駆け回る子供たちの姿はほほえましい。
店も食物を売る店や、櫛や飾り紐などを売る店。さまざまなものが、日に焼けた布の上に並んでいる。
夜とは違う賑わしい町の様子を物珍しそうにしながらそこかしこを見回しているその隣を、悠日の歩調に合わせて歩く沖田は、そんな彼女を面白そうに見ている。
「町に出るのは半年ぶりだっけ? どう、感想は」
「……にぎやかだな、と思います」
それは本心からの感想だった。宇治に住んでいた頃も町に出ることはあまりなかったので、こういった光景を見ること自体が新鮮だ。
里にこもることが多かったので、こういう場に来ることは滅多になかったのだ。
興味津々で露店に出されたさまざまな品を見て回っていると、一つの品が悠日の目に留まった。
「あ、きれいな簪」
桔梗の花だろうか。それをかたどった紫色の花が控えめについた落ち着いた風情の簪だ。
店によってそれを手にした悠日に、沖田は小さく首を傾げた。
「……でも簪って、悠日ちゃん、うちに来たとき着けてなかったっけ?」
千鶴と違って普通に『女の子』らしい服を着ていた悠日。あのときしゃらしゃらと音を立てていた簪は、まだ記憶に新しいほうだ。
この簪とは全く違って、華美な部類に入るものだったはずだが。
「あれは……私のものでは、ないので」
「どういうこと?」
「借り物、といったほうがいいのかもしれません。……ここに、来る前からの」
いまいちよく分からない悠日の言葉に、沖田は首を傾げた。
「じゃあ、誰のなのさ」
怪訝そうに問うてくる沖田に苦笑だけを返した。今は答えたくないと、それが告げている。
それにため息をつく沖田に内心謝りつつ、悠日は手にしていた簪を布の上に戻した。
若干残念そうなその表情を見て、沖田は驚いた表情で彼女に尋ねた。
「あれ、戻しちゃうの?」
「きれいだなとは思いましたけど、今の私は無一文ですから」
買おうと思って手にしたわけではない。売っている店主には悪いが、正直なところよく見てみたかったから寄っただけなのだ。
そんな悠日の言葉を受け、沖田は悠日が戻した簪を凝視していた。
無言になった沖田の様子に、何を考えているのか分からず、悠日は不思議そうに首を傾げる。
「……どうかしましたか?」
「ううん、何でもない」
にっと笑いながらそう答えた沖田は、悠日の手を引いてその場を離れてしまう。
つんのめりそうになって沖田にしがみつく形で体勢を整えた悠日は、少し緩められた歩調にほっとしつつ、自分より上にあるその顔を見上げた。
「あの……?」
「気にしなくていいよ、ちょっと面白いこと思いついただけだから」
それはさっきの笑顔を見ればわかります。
そう思いはしたが、悠日はその一言を飲み込んだ。
「今はそれよりも、君のこと聞きたいし。屯所の中じゃ喋ってくれないし、多分どこかの店に入っても同じでしょ。だったら、【同じ】ようなところに行けばいいかなと思ってさ」
先ほどの笑顔とは裏腹に、今の表情はかなり真剣だった。
その差に追いつけず、悠日はそれに必死でついていくしかない。
悠日に無理をさせない程度の速さで雑踏の間を縫い、離れまいとつながれた手に導かれてやってきたのは、道々の騒がしさから離れた、秋に色づいた森だった。