第七花 誰故草

 その他にも幹部への通達事項を述べ、以上だ、と土方が締めると皆が立ち上がって広間を出て行く。

 千鶴も井上に呼ばれて、悠日に気遣いの視線を向けつつも広間から出ていった。

 広間に残ったのは、悠日と沖田のみ。


 それに気づいていない悠日がどうしたものかと俯いていると、ふいに影が差して彼女は顔を上げた。

 膝に手を乗せて上体を支えながら、沖田が悠日に話しかける。


「それじゃあ行こうか、悠日ちゃん」


 しゃがみ込んでにっこりと笑う沖田に、悠日は視線を泳がせる。

 ここ数日、沖田と何かをするということがなかっただけに、どうしたらいいのか分からない。


 彼との記憶を封じていることを、悠日は知らなかった。
 否。封じたことを故意に忘れていた、と言う方が正しいだろう。
 彼との記憶が戻ったということが、気持ち的な意味でここまで厄介だとは思わなかった。


「……これから、出かけるんですか?」

「早く記憶が戻るに越したことはないでしょ? その欠片が見つかれば、僕たちだって楽になる。だったら今すぐでも問題ないじゃない」


 ね、と笑顔を向けられて、悠日は困った表情で視線を下げる。


「それとも、出たくない理由でもあるの?」


 意味深なその沖田の言葉に、悠日がはっとしたように顔を上げた。
 一瞬恐怖を映した瞳に、沖田は怪訝そうに眉を寄せる。


「あるんだね」


 沖田の問いに、悠日は目を伏せて頷いた。


「……見つかる、でしょうか」


 何が、とは言わなかった。
 なぜなら――。


「見つかるのが怖いんだ?」


 彼は、記憶が戻っていることを知っている。知っていてこの質問ということは。


 ――押し隠した主語を、悟られているから。


 何も知らないものからすれば、ただの『記憶の欠片』についての話だ。
 だから、隠された主語は『何【が】』。

 しかし、悠日が隠したのは『何【に】』なのだ。


 刺客、追っ手。
 それに怯えていた八年前。彼もまたそれを知っている。


 今ここでそれを知っているのは、どこかに潜む牡丹と、目の前の沖田のみだ。

 その悠日の言葉を聞いて、沖田は思案した。


「……そっか」


 広間を出てすぐの庭に視線をやること呼吸五つ分。

 その視線が悠日に向いた時、悠日は小さく肩を震わせた。


 にっ、と笑った表情は、あの頃と同じもの。だからこそ分かる。

 ……この勢いだと、逆らえない。断れない。


「そんなこと、見つかってからでないと分からないでしょ? 出かけようよ、悠日ちゃん」


 ああやはりそうきた。

 想像通りの言葉に、悠日はため息をつくしかない。
 八年たとうがこの性格だけは変わらず成長したようだ。

 そう考えて、なら自分はどうなのだろうかと悠日は思った。


 ――変わっただろう。あの時のようにしていられるほど、平和に生活して来たわけではない。


 黙ったまま答える様子のない悠日に、沖田は悠日の耳元に顔を近づけた。

 それに気づいて体を引こうとするが、沖田が腕を掴む方が速かった。

 肩口の上に顔がある。頬に触れる媚茶の髪が、悠日を翻弄する。

 そんな彼女に気づきつつ、沖田は口を開いた。


「何かあったら、僕が守ってあげるから」


 囁かれた真剣なその言葉に、悠日の心臓が跳ねた。

 八年前とは違う低めの声。耳に触れたその吐息がくすぐったい。

 言葉と動作と、そのどちらもが彼が昔と違うことを物語っているようで、それが悠日にはかなり効いたようだ。

 顔を赤く染めた悠日のそれを見て、沖田は面白そうに笑った。


「あれ、どうしたの悠日ちゃん?」


 にやり、と笑うその表情に、悠日は恥ずかしそうに顔をそらした。

 飄々とした表情なのに、瞳はかなり真剣で、翡翠のそれに引き込まれそうになる。


「ね、行こうよ」


 再度言われたその言葉に、悠日は頷く以外の術が見出だせなかった。


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