第七花 誰故草
結局そのあとは、夕飯ができたと呼びに来た千鶴によって中断され、それ以降まともに沖田と二人きりで話す時間が取れず、そのまま数日が過ぎた。
ぎくしゃくしている悠日と違い、特に変化の見られない沖田の行動に、彼女が逆に困惑したのは言うまでもない。
床上げは千鶴の言った通りあの二日後。
ようやく解放されて、無茶をしない程度の雑用を行っていた悠日は、千鶴に過度の心配をされつつ生活していた。
そうして床上げの許可をもらってから三日後、悠日は広間に呼ばれていた。
周りには、幹部の面々はもちろん、千鶴の姿もある。
いつもの食事と同じ配置で座った悠日は、少し体を斜めに向け、土方に向き合った。
「お前に外出許可をくれてやる」
「……はい?」
唐突な一言に、悠日は瞬きを繰り返した。
何がどうなって外出許可をもらえたのか、全く分からない。
そんな疑問が顔に出ていたのか、土方が腕を組んだままその疑問を解消した。
「お前、記憶のほうはまだ完全に戻ってねぇんだろう? 京出身なら、多少出歩きゃ思い出すこともあるかもしれねぇだろうが」
「……って、千鶴ちゃんから提案があってさ」
土方の言葉に付け足すように沖田が言うと、そのまま千鶴に視線が行く。
悠日としては、よくそれを言えたと若干の感心も含んでいる。
慣れなのかもしれない。
「……そうなの?」
一応首をかしげて千鶴に確認をすれば、少しぎくしゃくした頷きが返ってきた。
どうしたのだろうと悠日が首を傾げると、原田が苦笑気味に言った。
「ま、実際は、お前があまりにここに閉じこもらされてるから体調崩したんじゃないかっていう心配からなんだろうけどな」
「え、あの、その……」
原田の言葉に、おそらく図星を突かれた千鶴はあわてながら否定とも肯定とも取れる、弁解とは程遠いことを言いながら視線を泳がせた。
その厚意は嬉しい。
別に、外出が自由にできないのは今に始まったことではないので、それで体調を崩したということはないだろうが、確かに閉じこもりっきりというのは息が詰まるのも事実。
それを解消するために、記憶云々の理由をこじつけたのだろう。
……実は記憶は完全に戻っていると知ったら、彼らはどうするのだろうか。
それを知っているのは『彼』だけだ。ほかの面々が知らないということは、彼はそれについて言う気はないのだろう。
何気なく沖田に視線を向けた悠日は、視線がかち合った瞬間にやりと笑みを返されて、逆にどう反応していいかわからず視線を泳がせる。
もちろんその反応は想定済みな沖田は、楽しげに笑った。
千鶴や悠日の銘々の反応に、話がそれたと土方は小さくため息をついた。
眉間のしわが増えたことに気が付いた悠日は、話を戻そうと小さく息をつくと土方に再び向き合った。
「……では、私も千鶴ちゃんと同じく、巡察に同行することになるのでしょうか?」
「いや、お前の場合巡察に同行させるわけにはいかねぇ」
「……でしょうね」
護身のすべは、知らない。忘れていると言ったほうがいいだろうか。
八年前はたしなんでいた薙刀も、今使えるかといわれれば、否と答えるしかない。
日々の鍛練こそ命。それをしていない今、使えるとは決して言えない。
「それで、幹部となら出歩いていいことにした」
「……幹部の方の許可さえあれば、いいということですか?」
「一応俺に一言入れていくことにはなってるがな。分かってるとは思うが、一人での外出はするな」
「それは、はい」
それが容易に可能だとは誰も思っていない。池田屋の時は例外中の例外だ。
一人で外出したところで、以前勝手に出歩いたあの時のようなことがない限りは、悠日も何をするわけでもないのだが。
その件については誰もその事実を知らないのだから、何も言わぬが吉だ。
「ま、そういうことだ。気は休まらねぇかもしれねぇが、少しは気も晴れるだろ」
「もし出かける必要があるならば、声をかけるといい」
原田と斎藤にそう声をかけられて、悠日はそれにはい、と頷いた。
そうして、全体に向かって姿勢を正すと、悠日は手をついて頭を下げた。
「ありがとうございます、皆さん」
そう言いつつも、下げた悠日の顔がどこか曇っていたことに、じっとそれを見ていた沖田だけが気づいていた。