第七花 誰故草

 それからというもの、悠日は一日を床の中で過ごしていた。

 実は丸一日眠っていたという話だから、悠日自身それを知ってびっくりしたのはいうまでもない。

 意識がはっきりしたのは目覚めてから丸一日経った後。起き上がれるようになった……というよりも起き上がる許可をもらったのがそれから三日後のことだ。

 そして現在も、起き上がっているだけで床離れさせてもらっているわけではない。

 土方には体調不良を隠していたことについて叱責を受け、原田には苦笑されつつ頭を撫でられ、かなり心配していたらしい千鶴には泣きつかれた。
 そして悠日は、それに苦笑して謝るしかなかった。

 そんな千鶴が、同じ部屋と言うこともあって今日も献身的に看病という名の監視をしてくれているのだが。


「悠日ちゃん!」

「……これもだめ?」


 正直言えば、もう体調に問題はない。自分の体なのだから、それくらいは分かるつもりでいる。
 だから、その暇時間をもてあそぶのもどうかと思って、千鶴が監視ついでに持ってきた針仕事を手伝おうと思ったのだ。

 しかし、信用と言うものは一度なくしてしまえば取り戻すのは容易ではない。


「だめ! 悠日ちゃんの『大丈夫』は大丈夫じゃないから!」


 実際は体調不良を隠していてこうなったわけではないのだが、彼女たちの中ではそうなっているので仕方がないといえば仕方がない。

 原因が何なのかを知っているが、答えにくいので本当のことも言えない。

 そんな悠日の内心での葛藤に千鶴が気づくはずもなく、千鶴は更に悠日にとって苦痛以外のなにものでもない言葉を口にする。


「あと二日は安静にしてなきゃだめ!」


 そう言って悠日が手に取った着物と針を半ばひったくるように取った千鶴に、悠日はげんなりした表情で彼女を見つめた。


「……二日も、この状態?」

「それくらい大事を取らないと!」


 心配性もここまでくるとうっとうしかったりする。

 別に心配されることが嫌なわけではないし、そんなことを言っては千鶴の厚意を無視することになるのは分かっている。

 分かっているのだが――。

 そんな時、障子の向こうから聞きなれた声がかけられた。


「悠日ちゃんに千鶴ちゃん。入っていい?」


 その声に、悠日は小さく肩をゆらした。
 振り返った千鶴はそれに気づくことなく、どうぞと障子の向こうに了承の意を示す。


 入ってきたのは、沖田だった。
 意識がはっきりしてからも、一度も会いにこなかった者。

 その前――倒れてから後に会ったような会っていないような、そんな曖昧な感覚がある中、記憶という名の夢を思い出し悠日は唇を引き結ぶ。

 目を覚ましたときの記憶が曖昧なのだ。


「千鶴ちゃん、そろそろ夕飯の準備の時間だから手伝ってって、左之さんたちが呼んでたよ」

「でも……」


 ちらりと悠日を見やることを見るに、やはり信用されていないらしい。
 ここまで監視体制にあると、動いたあとが怖くてそんなことできるはずもないのに。

 そんな悠日の思いをよそに、沖田も千鶴の仕草からその意味を汲み取り、にやりと笑う。


「悠日ちゃんの監視なら僕がやっておくからさ」


 その言葉にしばらく躊躇ったものの、千鶴はじゃあお願いしますといって部屋を出て行った。
 その千鶴の背を見送り、完全に気配がなくなったあと、沖田は部屋に入ってきた。

 目をあわせられないでいる悠日は、両手を膝上で握り締め、うつむいている。

 そんな悠日の様子にため息をつくと、沖田は悠日の横におもむろに座ると、静かな声で悠日を呼んだ。


「悠日ちゃん。……それとも、悠ちゃん、って呼んだほうがいいかな?」


 久方ぶりにその人から聞く呼称に、悠日はびくりと肩を震わせた。


「……そう反応するってことは、覚えてるよね」


 依然座ったまま動く様子のない沖田に、悠日は目を閉じた。

 ああ、もう隠し立てはできない。


「……この間は答えを聞けなかったから、もう一度聞くよ。……僕との『花結び』、覚えてる?」


 囁くような、小さな声での問い。
 昔以上に余裕な声音に、悠日は戸惑った。

 今の彼との付き合いはすでに一年弱。だのに、今更翻弄されるのは……おそらく、あの夢のせいだ。


「……桜結び」


 是か否か、ではなく、その一言だけを返す。
 眉をひそめつつも、答えにはなっていたことが分かっている沖田は大きなため息をついた。

 気を取り直して、沖田はさらに悠日に向けて質問をする。


「じゃあ、君は今までどこで何をしてたの?」


 続けざまの問いに、悠日は唇を引き結んだ。

 どう答えればいいのだろうか。


「悠日ちゃん」


 追い立てるように尋ねてくる沖田の声に、悠日は苦渋の表情で目を閉じた。

 答えにくい。思い返したくもない。

 そんな考えが巡り、悠日は自身の手を握りしめる。

 そんな悠日に苛立ちを覚えた沖田が、悠日の両肩に手をかける。


 はっとして顔を上げたとき、不意に沖田の背後に影が降りたった。

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