第六花 松
「悠ちゃん」
声の主から誰かを判じ、悠日は蒼白になる。
なんと言われるのだろう。――何を、されるのだろう。
そんな恐怖がわきあがり、無我夢中で体をよじった。
「離して!」
振りほどこうと力を込めるが、相手は男。しかも悠日よりずっと年上だ。敵うはずがない。
「……なんで、逃げるのさ」
「離してください! あんな、あんな姿を見て、怖がらない人なんて……!」
「ここにいるんだけど」
淡々とつむがれた言葉に、悠日は一瞬何を言われたのかと総司を振り返った。
「僕は、別に怖くないけど? そりゃあ、びっくりはしたけどさ」
でも、何も知らないのに怖がる必要なんてないじゃない。
そんな言葉を向けられ、悠日は地にへたり込んだ。
「……約束でしょ? 破っていいのかなぁ?」
手にした紐飾りを目の前で振られ、悠日は泣きそうな表情で唇を引き結んだ。
「僕は、君が何者なのかを知りたいだけなの。さっきのそれも君の事なんだったらちゃんと聞く。だから逃げないでよ」
そういいながら、逃がすまいと腕を握る力はゆるまない。
戸惑いとほんの少しの疑惑が内から湧き上がり、無意識に視線を泳がせる。
「……僕のこと、信用できない?」
はっとして顔を上げれば、ほんの少し寂しそうな表情がそこにある。
ここまできて躊躇っている自分に気づき、唇をきつく引き結んで目を閉じた。そうして首を横に振れば、ようやく解放される。
「……ごめんなさい」
「謝らなくてもいいよ。……それでさ、あの姿はなんなの?」
約束を盾にそんなことを聞く総司に、悠日はほんの少し目を閉じて思案した。
先ほどの出来事からその質問かと、思いやりにかける気がしたが、これまでの彼の言動を思い出し、それを期待することが間違っている気がしてそれについては何も口にすることなく、答えを考えた。
言ったら、どうなるのだろうか。
とはいえ、自分のことを話すと約してしまった。
破ることは、出来ない。
ならば、本当のことを言うしかないではないか。
覚悟を決めて、悠日は口を開いた。
「……私は、人じゃないですから」
その答えに、彼はどう反応するのだろう。かなりの恐怖とほんの少しの期待とを胸に、悠日は総司の答えを待った。