第六花 松

「……総司、さん」

「あれ以来来ないからどうしたのかって思ってたんだけど、あの牡丹とか言う子の行動から考えるとたぶんこんな状況なんだろうなって思って見に来たんだ」


 やっぱりそうだったんだ、と楽しそうに笑う総司に、悠日はため息をついた。


「……あまり、外の人とのかかわりを持つことをしないのが、私の一族なので。ただでさえぴりぴりしているときにこんな状況だったので、牡丹も神経質になっているんです、ごめんなさい」

「何で君が謝るの? 君が悪いわけじゃないでしょ。……話しにくいから、部屋に入ってもいい? あ、もちろん草履は脱ぐつもりだけど」


 足は拭けないからごめんね、と笑う総司に、悠日は再びため息をついた。


「少し待っていてください」


 そう言って窓を閉めると、悠日は宿の女将を呼び付ける。
 手ぬぐいと桶をもってきてもらい、人の気配が部屋の外にないことを確認してから窓を開ける。
 無言で促せば、総司は草履を脱ぎ、軽い身のこなしで部屋の中に入ってくる。


「どうぞ使ってください」


 手ぬぐいと桶を差し出せば、総司は怪訝そうな表情で悠日を見た。


「……ねえ、これ、なんて理由つけて持ってきてもらったの?」

「部屋に鳥がよく来ていることは、女将もよく知っているので。そのせいで汚れてしまったから、って」

「……それ、宿の人のお仕事じゃないの?」

「暇だからやらせてくださいって押し通しました。女将が来るのは私がまた呼んだ時なので、気にしなくていいですよ」


 ある意味力技で押し通した悠日に、総司は声を押し殺して笑い始めた。


「わ、笑わなくてもいいじゃないですか!」

「だって仕方ないじゃない。そんなお客滅多にいないよ?」


 そう言って再び笑う総司に、悠日は頬を膨らませる。

 ひとしきり笑った総司は、悠日に差し出された手ぬぐいで足を拭く。
 終わったのを見計らって、悠日は首を傾げた。


「……それで、総司さんは何の用でこちらに?」

「君が来ないから、あそこに行ってもつまらないからさ。探してみようかなって思ったら、すぐに見つかったし。それに――聞きたいこともあったし」


 途端真剣な瞳になった総司に、悠日は唇を引き結んだ。


「……聞きたいこと、とは……?」

「君の『悠』って名前、本当の名前じゃないよね?」


 その言葉に、悠日は顔をこわばらせた。
 それを見て総司はくすくす笑う。


「なんでそんな怯えた表情するのさ。取って食べちゃったりはしないって。たまに僕が『悠ちゃん』って呼んでも、無反応な時があったからちょっと思っただけなんだから」

「……それで、聞いてどうするんですか?」

「どうもしないけど? 僕の興味本意。……だって、僕は悠ちゃんのことほとんど知らないから。僕はいろいろ教えたのに、君はいつも流しちゃうじゃない」


 素性を必死で探そうとした結果がここで裏目に出たと悠日は後悔した。
 総司であっても、あまり詳しいことを告げるつもりはなかった。関係の浅い相手に全てをつまびらかにするほど、悠日も愚かではない。
 しかし、彼が信頼できることは悠日も何となく感じ取っていた。

 住まいや容貌から自身の素性は把握できる。刺客関連の人間でないのは分かっているのだから教えても構わないのだろうか。

 苦悩する悠日に、総司は顔を近づけた。


「……好きな子のこと、知りたいって思うのっていけないことだと思う?」

「……は?」


 途端ほうけた表情をした悠日に、総司はにやりと笑った。


「あの、今なんて」
「教えてよ」


 悠日の言葉をさえぎって、総司は再び真剣な表情に戻る。


「僕は全部本当のことを話したんだから、君だってそうしなきゃ平等じゃないんじゃないの?」


 だから教えてよ。
 そう詰め寄られ、悠日は泣きそうな表情で目をそらす。


「……私にも、事情と言うものがあります」

「知ってるよ。君がいつも、周りを気にしてたのは知ってる」

「でも……」


 真実を告げるのは、怖い。
 そしてここは人の多い、宿。誰の耳があるか分からない。

 しばらく考えて、悠日は一度深呼吸すると総司に真剣な瞳を向けた。


「……今は、できません。でも……総司さんが言っていることも正しいとは、思います。だから……明日、いつもの場所に来てください」

「いいけど、君はできるの?」

「何とかします。……だから、来てください」


 お願いします、と悠日は頭を下げる。必死なその様子に、総司は眉を寄せた。


「逃げるつもりじゃないよね?」

「口で言って信用してもらえるとは思っていないですけど……。じゃあ、手を出してもらえますか」


 唐突な悠日の言葉に、総司は更に眉を寄せた。


「私の一族の、大切な約束事をするときの流儀があるんです。気休めにしかならないかもしれないですが、私たちはこの約束は絶対に破れないっていう掟みたいなものがあるんです。……これで、譲歩してください。本当に、ちゃんと会いに行きますから」


 反論の隙を与えない懇願に、総司はしばらく考える。
 真剣な悠日の瞳に偽りはないように見える。

 呼吸を数えること十。重苦しい空気の中総司の言葉を待っていた悠日は、不安そうに目を閉じた。

 そうして後、総司がどこか仕方なそうな声音で告げた。


「……分かったよ。もし来なかったら、ここに僕が来るからね。早く来ないと、僕がここに来ちゃうよ」


 だからできるだけ早く来てよ、と念を押す総司に、悠日はできるだけ早く行けるように努力しますね、とほっとした様子で笑った。





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