第六花 松

 宿に帰れば、牡丹の質問攻めが待っていた。
 彼がどこの誰なのか、どういう者なのか。悠日が知っていること全てを牡丹へ告げれば、彼女は大きなため息をついた。


「……それで、姫。あの者とはどういう関係にあるのですか」

「どういうって……ただ、あの場所が好きなもの同士、としか」


 困惑して眉を寄せる悠日は、質問の意味が分からず首を傾げるしかない。
 その返答に牡丹は再びため息をつき、真剣な表情で悠日を見た。


「そう思えないから尋ねているのです。……では、質問を変えましょう。姫は何故、あの時あの者に『隠れろ』と言ったのですか?」

「それは……」


 そう詰め寄られれば、悠日もどうしてかと自身に疑問を投げつける。
 怪しい者ではないのに、わざわざそんなことを言う必要はない。


「説明できないと?」

「……私にも、分からない」


 あの時、一体何故、無意識のあの言葉を口にしたのか。本人に分からない以上、それは誰にも分からない。
 困惑している悠日に目を細め、何かを感じ取ろうとした牡丹は、固い声音で悠日に告げた。


「姫、今一度忠告しておきます。…………人を、信用しすぎないでください。過去に我らの先祖が受けた仕打ち、覚えていらっしゃらないあなたではないはずです」

「牡丹……」

「かといって、それに耳を貸す姫でないことも分かっております。……申し訳ないとは思いますが、今後あの場所へは行かないように。……こちらの女将にもそう申し付けておきます。退屈でもどうか、ご理解ください」


 そう言うと、牡丹は一礼して部屋を去っていく。仕事の合間だったのだろう。忙しい中様子を見に来たのが、偶然総司が来ている時間帯で、しかも偶然あんな場面に遭遇して。

 母のいない中で主を守らなければならない、八つの子ども。幼いころから訓練を積み重ね、同世代の普通の少女と比べて桁外れの身体能力と心を必死で身につけた牡丹の苦労が分からないわけではない。
 とても大切にされているから、彼女がこんな措置を取ることも分かっている。

 ――それでも。


「……ごめんなさい」


 顔を覆えば、頬を涙が伝う。その謝罪が牡丹に対してなのか。それとも、今も森の中にいるのだろうあの少年に対してのものなのか。


「ごめん、なさい……」


 自分の心なのに分からない、そんなもどかしさの中で、悠日は夕闇の中、しばらくそのまま時を過ごした。

















 それから数日、悠日は部屋でじっとしていた。
 時折やってくる鳥の相手をする以外、やることもない。だが、宿を出ようとすれば宿の者から必死に止められる。

 牡丹がなんと言い含めたのかは知れないが、半分土下座する勢いで懇願されては悠日も折れるしかない。そんな悠日の性格を理解したうえでのそれにはもはや言葉もない。


「……暇」


 最近は牡丹の帰りも遅い。どこで何をしているのか聞いてみれば、ここからかなり離れた江戸城内へ赴き、その中を探っているのだと言う。

 幕府はこの国の政治の中枢と言っても過言ではない。霞原家はそちらとも繋がりがないわけではないので、彼岸がそこにいるかもしれないという牡丹の懸念はある意味正しい。
 仮に彼岸がそこにいたとして、なぜそこに留まっているのかは分からないが。

 小さくため息をついて窓枠にひじを突く。目の前には大振りな枝に若葉をつけた桜の木。
 故郷を出たのは春になってすぐだった。江戸についた頃には満開だった桜も、今は緑一色。時の経過を感じずにいられない。

 そのとき、風もないのに目の前の桜の木が揺れた。


「……なんだ、ここにいたんだ」


 何事かと怯えた表情で体をこわばらせた悠日は、聞こえた声に目を見開いた。


「悠ちゃん、見ーつけた」


 そこにいたのは、ここ数日会っていない、総司だった。





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -