第六花 松
それからというもの、二人はたびたび森で会うことがあった。
双方ともに気に入りの場所だったためだろう。
悠日は、なんだかんだと憎まれ口ばかり叩く総司に始めの頃こそ内心怒っていたが、次第にそれは呆れとなり、何となくそんな彼に付き合うようになったのだ。
話をしたり、ただ森の中に一緒にいるだけだったり。
そんな関係が続いてひと月。
――その頃には、彼岸は宿に来ることすらなくなっていた。
もちろん牡丹も会っていないらしく、今や宿には十にも満たない子供二人。
宿賃はきっちり牡丹が彼岸から渡されていたため放り出されることはないが、悠日の心配はつのる一方だ。
「……悠ちゃん、聞いてる?」
そう声をかけられて、悠日ははっと顔を上げた。
かなり不機嫌そうな顔が目の前にある。
びっくりして体を引けば、総司は大きなため息をついた。
「君が僕のいる道場の話聞きたいって言うから話してるのに、上の空って失礼じゃない?」
「……ごめんなさい」
確かに、興味があって『試衛館』という道場の話を聞きたいと言ったのは悠日だ。総司の言うことはもっともである。
「ここのところいつもそんな感じだよね。何か心配事でもあるの?」
悠日が目を軽く伏せれば、再びため息が総司の口から漏れる。
「そんな顔されてると、こっちも気分滅入るんだけど。僕に話してみたら? 言うだけ言えばすっきりすることもあるしさ」
珍しくどこか親身な総司に、悠日は少しためらいがちに口を開いた。
「……親代わりで一緒に来た人が、ここ最近宿に帰ってきていなくて。彼女に限って何かあったとは思いたくはないですけど……」
牡丹の家系は、古来悠日の家系を守る役割を負う忍びの一族だ。牡丹も、悠日と同じ年齢だが、それからは想像できない強さを秘めている。
その牡丹の母彼岸は、その一族の長。一族の中で一番強いのも、もちろん彼女だった。
「……彼岸が帰らないから、牡丹も忙しそうだし……」
ぽつりと呟いた悠日に、総司は怪訝そうに首を傾げた。
「その二人が、悠ちゃんのお付きの人?」
「はい。……早く、帰れないかな」
母様に会いたい、とこぼせば、総司はそっか、とどこか寂しそうに呟いた。
「そういえば、総司さんは道場に内弟子として入っているんですよね? 母様に会いたいとか、思わないですか?」
他意なく質問した悠日に、総司は一度ぴくりと体を震わせた。
そんな彼の反応に首を傾げれば、総司は草の上に寝転がって空を仰いだ。
「……僕は、捨てられたんだってさ。うちは武家の家系だったんだけど貧乏で、僕一人満足に食べさせていけないからって、道場に。ま、近藤さんがいるから淋しくないけどね」
だから会いたいとか思わないと口にした総司の瞳には、ほんの少しの寂寥が見受けられた。
最後の一言は、それを否定するような、振り切るような口ぶりで発された。
「……でも、総司さんの母様だって、総司さんと離れたくはなかったと思います」
「気休めはいいよ、逆に惨めになる」
「気休めじゃなくて……」
聞く気のない総司に、悠日はどう言ったものか眉を寄せる。
「……自分の腹を痛めて産んだ子供が可愛くない親はいないって、彼岸はいつも言うから」
「それが慰め以外のなにものでもないって知ってる?」
一層不機嫌な声で返した総司に、悠日は肩を落とした。
慰めたいとかそういうことを伝えたいわけではないのに、どうしても伝わらない。
……そうなのだと自分は納得できたから、そう言ったのに。
うつむいて悲しげな表情をしている悠日に、総司はがばっと起き上がった。
「ああもう! そんなあからさまに落ち込まなくてもいいじゃない! ……じゃあさ、悠ちゃん、何か根拠あるの? あるなら教えてよ」
真剣な表情で悠日を見つめる総司に、彼女はぽつぽつと話しはじめた。