第六花 松

 悠日は思わずむっとして眉を寄せた。
 この少年は誰なのだろう。

 人の住む集落からはそれなりに離れた場所なのだ。宿の人間も、この森の方に人が来ることはほとんどないと言っていた。


「あなた、誰ですか?」


 とりあえず初対面の年上には、一族の者以外には敬語で話すよう養育されているため口調は丁寧に、を努める。
 しかし、薙刀はそのままで、悠日は警戒の色を消さないまま少年に尋ねた。
 少年はその問いに楽しそうに笑った。


「名を名乗るときは自分から、って言うの、君知らないの?」


 君が言わないなら僕も言わないよ、とにやりと笑われ、悠日は唇を引き結んだ。


「……悠」

「ふぅん、悠ちゃんって言うんだ。ああ、僕は総司って言うんだ」


 よろしくね、とどこかいたずらめいた光が翡翠の瞳に灯っている。

 今まで見たことのなかった部類の人物に、悠日は思わず体を引いた。
 周りにいた世話係の女性も、護衛に勤しむ男性も、こんなちゃらけた性格はしていないし、むろんこんな態度もとらない。

 ……おそらくそれは、自分が主家の姫だからなのだろうが。


「それで、どうしてここに君みたいな子がいるの? この辺は田んぼばかりだし。ここは人が滅多に来ないから、僕もよく来てたんだけどなぁ」


 まるで嫌みのごとくこちらを向きながら口にされ、悠日は再び眉を寄せた。
 しかし、少年――総司はそれを気にする事なくつかつかと歩み寄ってくる。

 薙刀をどうしようかと困惑していると、それを気にすることなく悠日の隣に腰掛ける。


「僕もここに座っていい? すぐに帰ったら、世話になってる人に逆に心配されるからさ」


 いいもなにも、既に座ってしまっているのにどう返答しろというのだろう。
 とりあえず相手が丸腰であることに少しばかり警戒を解き、薙刀を地に降ろす。

 特に会話をする気もなく、悠日はそのまま空を見上げた。
 この少年がいる限り、動物達は集まって来ないだろうから、少し暇だ。
 そんな悠日に、総司はその顔を覗き込むようにして口を開いた。


「君さ、……もしかして、ここからちょっと離れた宿にいる子?」


 他意があるのかないのか、よく分からない表情で問い掛けられ、悠日はその少年を真っ正面から見つめた。


「…どうして、そんなことを訊くんですか?」


 人も鬼も信用出来ないとこぼしていたのは彼岸だっただろうか。

 素性について尋ねられたらまず疑えと言われているが、この調子で話されるとどうも調子が狂う。

 困惑して視線をそらせば、総司は面白そうに笑った。


「何でそんな困った顔してるのさ。僕、変なことは言ってないよね?」


 たんに興味本意で尋ねたことに真面目に困られるとは思っていなかった、と彼の笑いの度が更に上がる。

 そしてそれに余計に困った表情をした悠日は、はぁとため息をついた。
 薙刀を手に立ち上がると、悠日はそのまま宿方面に足を向ける。


「あれ、もう帰っちゃうの?」

「あまり長いことここにいると心配するので」


 では、と軽く頭を下げた悠日は、くるりと踵を返すと真っすぐ帰路についた。


















「……やっぱりそうなんだ」


 たいして宿のないこの辺りだ。珍しく宿泊客がいれば噂になるのは当たり前。

 気になってそこ周辺を歩き回って、彼女を見つけたのは五日前。
 実は毎日見に来ていたことを彼女は知らないようだ。

 昨日、宿にいるらしいことも耳にしたからたぶん間違いないとは分かっていたが、彼女は答えなかった。
 ――彼女の行動が質問の答えになっていたのだが、そのことに気づいているのだろうか。


「にしても、あの子はどこの誰なんだろうね」


 彼女と年の近い少女が悠を『姫様』と呼んでいたということは、どこかの武家か公家の娘なのだろうか。
 京の公家か、西方の武家か。その辺りかもしれない。


「……警戒してたけど、誰かに追われてるとか、そういうのかな」


 おそらく、ここなら人も来ないから大丈夫だとでも思っていたのだろう。
 ……かどわかされる可能性があるなら、人の多いところのほうが安全なのに。


「まあ、明日も来るんだろうし」


 ここ連日遊びに出掛けていることをなぜか近藤さんも喜んでいるから、しばらく様子見かなぁと呟いて、彼もまた帰路についた。




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