序の花 藪宣草

 月明かりが、闇を照らす。



「はぁ、はぁ……っ」



 少女は駆けていた。

 ただひたすら、行く先も考えず。



 ここは、どこ。
 そんな疑問を抱きつつ、走る。

 


 分からない。
 自分が誰かは分かるのに、それ以外が分からない。



 私は、どうしてここにいるの。


 私は、いつここに来たの。

 私は、それまで何をしていたの。



 私は……。


 ――どこから、来たの。



 分からない。


 それなのに。




「……どうして、こんなに懐かしいの……っ」




 不意に涙が流れた。


 理由は分からない。




 ただ、無性に懐かしいと感じた。
 胸が締め付けられる。



 ――オカエリ



 見えない何かが、そう囁いた気がした。




 そんな思考を裂くように。



「ひゃははははは!」




 形容しがたい笑い声が、少女の耳に突き刺さる。

 振り返った先には、二人の人間。

 否、人間と呼んでいいのか、分からない化け物。



「あれは……何……?」




 追い掛けてくる者。



 振り乱される、老人のような白い髪。

 野獣のような本能を剥き出しにした赤い瞳。



 ――その手には、真っ赤に染まった、刀。





「来ないで……」




 本能が警鐘を鳴らす。


 あれは、怖いものだと。




「来ないで!!」



 追い掛けて来ないで。

 近づかないで……!




「誰か、助けて……!」



 今の自分には見馴れない町。どこをどう走っていいのか分からない。




「誰か……」


 半泣きで助けを求める。

 その時、唐突に足がもつれた。


「きゃっ!」



 どんどん、あの得体の知れないものがこちらに近づいてくる――。




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