第五花 金盞花

「は、な……むす…び……?」


 おうむ返しに沖田の言葉をたどたどしく紡ぐ悠日は、どこか恍惚[こうこつ]としていた。


 ――懐かしい響きだと、そう思った。
 記憶にはないのに聞き覚えのあるその名称に、悠日の中で何かが解けていく。

 だが、どこか心地よいその感覚のあと。


「……っ!」


 まるで固い物が当たって砕けたかのような、そんな痛みが悠日の頭に走った。

 自分の中で何かが砕け、そこから膨大な何かが流れ出でる。

 光と闇――白と黒とが絡み合いながら、洪水のように押し寄せる。

 頭が痛い。そう、この痛みを自分は知っている。

 ――先日、風間に紡がれたその名称に反応した時と、同じ。


「…そ…ん、な……」


 馬鹿な、と悠日は顔を歪ませる。
 なぜ、その『鍵』を彼が持っているのか。


 そんな思考を遮るように、痛みの波は時を経るごとに強くなる。


「…………悠日ちゃん、聞いてるの?」


 いささか機嫌の悪そうな沖田の声が悠日に向けられる。

 顔を歪ませて何かに耐えているのは、話したくないとの意思表示だろうか。
 そんな感情がありありと翡翠の瞳に表れている。


 だが、もはやそれは悠日には伝わっていなかった。


「……っぁ…!」


 頭が割れそうとはこのことだろうか、と頭を抱えれば、責め立てるようにいくつもの残像が脳裏を掠める。


 ふらりと体が揺らぎ、壁に背を預ける。そんな悠日の苦悩の表情にただならぬものを感じて、沖田もさすがにおかしいと思いその肩を掴む。


「悠日ちゃん? ……悠日ちゃん、どうしたのさ!?」

「あ、たま……いたい……」


 なにかを振りほどくようにいやいや、と首を振りながら、悠日はぎゅっと目をつぶる。


 ――悠日……。


 誰かが呼んでいる。
 流れ込む光の洪水の向こうから、暖かい声が響く。


 ――あの、声は。


「…………ぁ、さま……っ」


 それを紡いだ瞬間、視界を光が覆いつくし、今まで以上の強い痛みが悠日の体を貫いた。

 あまりの痛みに声を上げることもできず、耐え切れずふらりと悠日の体が前に傾いだ。


「悠日ちゃん!!」


 ぐらりと傾いた華奢な体を受け止め、沖田は真っ青な顔色をした悠日の体を揺する。


 だが、その刺激は悠日を正気に戻すことは叶わず。



 抱き留められた感触を最後にふつりと意識が途絶え、悠日は混沌の世界へ身を投じた。



<第五花 終>
2011.12.15
2012.10.1 修正

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