第五花 金盞花
例えを口にした千鶴は少しわたわたとしながら、その例えの理由を誰に聞かれるでもなく口にした。
「だって、他の幹部の人達と比べると沖田さんと一緒にいるし……」
「う、ん………確かに、そうだけど……」
先程の身の内の感覚に不思議がりつつ、悠日は千鶴の質問に答える。
「……どちらかといえば、沖田さんから絡みに来ることが多いだけで……」
意図があってしょっちゅう一緒にいたわけではない。
だが、彼の方はどうなのだろう。
ふいに疑問がわいてきて、悠日は考え込むように眉を寄せた。
非番の日になると、なぜか遭遇率がぐんと上がる。
普段でも手伝いと称して洗濯物乾しや食事の支度――基本重なるのでこれは仕方ないのかもしれないが――にやってくる。
彼の意図は、どこにあるのだろう。
はあ、とため息をつき、悠日は立ち上がった。
そんな悠日の様子に、千鶴が心配そうに見上げてくる。
「……悠日ちゃん?」
千鶴の声に、ゆるゆると悠日は首を振った。
「たぶん、千鶴ちゃんの気のせい。……私は、そういう感情持っているわけではないから」
胸の奥で、その言葉に痛みを示す箇所があった。だが、それが何か分からない悠日は気のせいだとそれを無視し、何となく視線を巡らせて見つけた人影に、小さく呟いた。
「……あれ、近藤さん?」
中庭を歩く近藤。その姿を見て、千鶴が彼に声をかけた。
「近藤さん、こんにちは」
「ああ、雪村君。霞原君もいたのかね。……霞原君は顔色が悪いようだが、大丈夫か?」
ふと心配そうな顔をして、近藤が悠日に問いかける。
「あ、はい、大丈夫です。心配なさらないでください」
明日から江戸に行く近藤に心配をかけたくないし、体調が悪いわけでもない。――そんなにひどい顔色だっただろうか……?
そんなことを思いつつ、悠日は苦笑しながら近藤に言葉を向けた。
「近藤さんこそ、体調のほうは心配いらないとは思いますけど、気をつけてくださいね。……明日から、江戸行きでしたよね?」
「ああ、平助を待たせるわけにもいかないからな」
朗らかに笑う近藤に、千鶴が少し寂しさをたたえて笑い返す。
「平助君だけじゃなくて近藤さんまでいなくなると、屯所が寂しくなりますね」
「ほんのひと月程度だ。留守のほうもトシに任せてあるからそっちも心配はいらんしな」
いつくしむような瞳を向ける近藤に、悠日は苦笑した。
「でも、やっぱり寂しいです」
「総司と同じことを言うなぁ、君は。ありがとう、霞原君」
少し困った表情で近藤が言った『総司』の一言に悠日が小さく反応した。
先ほど話していた内容が内容なので、どうしても意識してしまう。
近藤は、そんな悠日に気づかない風情で二人に尋ねた。
「せっかく江戸に行くわけだし、君達に何か土産でも買ってこよう。雪村君も故郷が懐かしいだろうし、霞原君も昔行ったことがあるなら、何らかの記憶の欠片を得ることになるかもしれん」
朗らかに笑う近藤に、二人は揃って首を振った。
「あ、あの、近藤さん。そんなに気を使っていただかなくても大丈夫ですよ?」
「私も千鶴ちゃんと同じです。でも、お気遣いありがとうございます」
慌てて土産を断りぺこりと腰を折った千鶴と悠日に、近藤はさらに難しい顔をした。
「では、他に何か出来ることはないかね?」
重ねてそう言われると断りづらい。どうしようか、と悩んでいると、千鶴が思い付いたように、でしたらと告げた。
「私に、稽古をつけてくれませんか?」
江戸で護身術程度に小太刀の道場に通っていた千鶴だからこその頼みだと悠日は思った。
悠日はそういったことは出来ないので、千鶴のような選択肢はないのだが。
近藤は少し困った様子で、千鶴に言った。
「いや……それは、いかんだろう。俺の指導は荒っぽい。君に怪我でもさせたら綱道さんに申し訳が立たん! ずいぶん唐突な頼みだが……何か、理由でも?」
眉を寄せた近藤に、千鶴は言った。
「少しでも、強くなりたくて……。皆さんに、迷惑をかけたくないですから」
剣を振る機会はなくても出来ることをしたい。
――せめて、何かあったときに自身を守れるように。
そう告げた千鶴に、近藤は大きく頷いた。
「わかった! そこまでの熱意を持っているなら、俺も喜んで稽古に付き合うぞ、雪村君!」
その近藤の返答に、千鶴は嬉しそうに笑い、ありがとうございます、とお礼を述べた。