第五花 金盞花

 沖田や牡丹が様子を伺っていたなど知るよしもない悠日と千鶴は、洗濯物を乾し終わり、中庭の縁側で一息ついていた。


 八月もそろそろ終わる。本格的に秋深まりはじめる時期だ。残暑の日差しが、少し色づきはじめた葉を照らす。

 その様子を見て、悠日は何ともなしに目を細めた。


 新選組で迎える始めての秋。もう十月[とつき]近くここにいることを思い出し、悠日は苦笑した。


 冬が来たら、一年。京に戻ってきてからずっと故郷に戻らずじまいなことに、悠日は少なからずほっとしていた。

 帰りたいという思いより、帰りたくないという思いの方が強い。

 ――だが、その理由は悠日自身にもよく分かっていなかった。

 先日牡丹の言葉に静かに、しかし拒絶をはっきり示したのは半ば無意識だ。口にした瞬間、自分がなぜそう言ったのかすら分からなかった。

 あとに続けた言葉は、多分そう思って言ったのだろうという、自身の客観的な思いだ。

 自分のことなのに分からないなんて、と悠日は心中で自嘲気味に笑う。


 そんな悠日の思考を遮るように、千鶴が空を見上げて何気なく呟いた。


「平助君、今頃どうしてるかな……」


 先程からどこか淋しそうにしている千鶴に、悠日はふと思って尋ねてみた。


「ねぇ、千鶴ちゃん」

「なに?」

「千鶴ちゃんって、平助君のこと、好きなの?」


 特にこれといった意図はなかった。ただ何となく。それだけだ。

 だが、悠日の質問に千鶴は頬を赤く染めて、目をキョロキョロとせわしなく動かしている。


「……千鶴ちゃん?」


 不思議そうな表情で悠日が首を傾げると、千鶴は小さく頷いた。


「……で、でも! これがその……」

「『恋愛感情かどうかは分からない』?」


 千鶴が飲み込んだ言葉を悠日が口にした。再び頷いた千鶴は、ごもごもとその理由を口にする。


「最初に会った頃から、何かと話し掛けてくれたのが、平助君だったから……その……たぶん……?」


 ぎこちなく笑いながら千鶴は首を傾げた。そうして思い出したように顔を上げると、千鶴は悠日に詰め寄った。


「そ、そう言う悠日ちゃんは、どうなの!?」

「私?」


 少しぎこちない問いかけの答えが全く思い当たらず、悠日は首を傾げた。
 話の流れからして、誰が好きとか、そういう質問なのは分かるのだが――。


 その時、ふいに、頭の片隅が光ったような感じがした。

 何かが脳裏をよぎるも、それが何なのか判断できない。


 どこか恍惚[こうこつ]とした瞳に、千鶴は悠日の肩をぽんぽんと叩く。


「あ、ごめんね、千鶴ちゃん」

「悠日ちゃん、本当に大丈夫? 今朝方からずっと……」


 心底心配した表情の千鶴に、悠日は安心させるように笑った。


「大丈夫、本当に考え事しているだけだから。……ええと、それで……?」


 先程の話に戻り、悠日は千鶴に尋ねた。


「……うん。悠日ちゃんは好きな人、いないの?」

「…………そう、ね……。平助君は友達感覚だし、原田さん達はお兄さんみたいなものだし……」


 恋愛感情といわれると、はてと首を傾げるしかない。

 眉を寄せる悠日に、千鶴は少しためらいがちに言った。


「ほら、例えば、沖田さんとか」


 千鶴のそれを聞いた時、悠日の中で欠けていた何かがはまったような、そんな感覚がした。




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