第五花 金盞花
「そういえば、近藤さん、隊士募集のために江戸に行くって言っていなかった? 確か、平助君が先に行ったって聞いたけれど……」
ふと思い出して、悠日はそう千鶴に話を振る。
そうだね、と頷くと、千鶴は少し寂しそうな顔をした。
そのさまが珍しく、悠日は首を傾げた。
「……千鶴ちゃん、どうかした?」
「なんでもない。ただ、平助君がね、父様がもしかしたら帰ってきてる可能性もあるから、うちのことも見に行ってくれるって。……なにか手掛かり、見つかるといいんだけど」
それまでと違って逆に心配になった悠日の言葉に、千鶴は一度首を振ってからそう言って笑った。
千鶴だけでなく新選組も探し回っている千鶴の父親。綱道が今頃どこで何をしているのか皆目検討がつかないため、手掛かりのありそうな場所を叩くことにしたのだろう。
「なんだか、ありがたくて。皆さんが必死で探してくれてるから」
最終的な目的の意味は違っても、と付け足したような声に、悠日はそうね、と頷いた。
「もしかしたらすれ違いってこともあるもの。見つかったら千鶴ちゃんも安心できるし」
「うん。でも、今まで通り巡察中も探させてもらうつもり。平助君の連絡待ってるだけなんて、私にはできないし。……悠日ちゃんは、大丈夫? 記憶、まだ戻らない?」
記憶さえ戻れば綱道探しを手伝うことになっているので、必然外出が許可されるはずだ。
この半年屯所から出ていない悠日が窮屈な思いをしているように見える千鶴には、そういう面でも気掛かりなのである。
そんな千鶴の言葉にぎくりとして、悠日は極力感情を表に出さないように気をつけながら苦笑した。
戻っていないわけではないが、今それを言うのは大変はばかられる。
戻ったその時に起こる可能性のあることを思い、悠日は一度目を閉じる。
気持ちを落ち着かせるようにしたその行為は、千鶴には少しばかり苦悩している表情に映る。
しばらくして、悠日は目を開けて苦笑しながら千鶴の問いに答えた。
「……まだ、かな。時々、なにか思い出しそうにはなるんだけど、そこ止まりだから」
それは、嘘では決してなかった。
まだ何か思い出していないことがある気がするのに、もやがかかったように明瞭にはならない。
思い出そうとすればするほどにもやがかかり、結局諦めてしまう。
「私の記憶が戻ったら、皆さんどうするんだろうね」
あの『白い髪』の者達のこともあるので、容易に帰してもらえるとは思えない。悠日の立場は千鶴の縁者というだけで、本来ならいつ殺されてしまってもおかしくはないのだ。
巡察に連れ出されるならまだマシだ。もともと得体の知れない者だった分、今も千鶴並に信頼されているとは思えないから、どう対応されるかは検討がつかない。
そんな悠日の不安を見抜くかのように、千鶴が安心させるように笑う。
「大丈夫だよ。だって悠日ちゃん、約束を破るような子じゃないもの」
新選組のことは口外しない、それはここに匿われる当初、新選組の面々と交わした約束だった。
脅しの含まれた単なる口約束にすぎないが、悠日はそれを破るつもりは毛頭ない。
そんな悠日の性格を知っている千鶴だからこその言葉に、悠日も千鶴からの信頼がうれしくて、笑顔でお礼を言うのだった。