第五花 金盞花
世に言う『禁門の変』からはやひと月。
……視線が痛い。
このひと月の間、悠日は、なぜかこちらを見る視線を幾度となく感じている。
「悠日ちゃん、どうかした?」
ともに洗濯をしている千鶴の尋ねに、洗う手の止まっていた悠日はううん、と首を振った。
千鶴はその視線に気づいていない様子で首を傾げる。
不意に視線を感じなくなり、悠日は我知れず息をつく。
「心配しないで。少しちょっとボーッとしていたただけだから」
「本当に? ……なにか心配ごととかあるなら相談に乗るから、よかったら言ってね」
心底心配している風情で、千鶴は悠日に笑顔を向ける。
そんな千鶴の気持ちがうれしくて、悠日も自然と笑顔になる。
「ありがとう、千鶴ちゃん」
そう返した悠日は、洗濯を再開した。
暑さの残る今の時期、水に触れるのは冷たくて心地よい。洗濯板に手ぬぐいをこすりつけるようにして洗えば、汚れも自然と落ちていくので、心も洗われるようだ。
記憶が戻ってからもうふた月になる。どうしようかと思いつつ、悠日はとりあえずここを離れるつもりはなかった。
――風間が、目の前の千鶴を狙っていることは明白だからだ。
ひと月前の変の後、新選組の面々とともに帰ってきた千鶴は、悠日にそこであったことを教えた。
そこで出てきたのが――。
『……風間千景?』
何も知らない風情で悠日が首を傾げれば、千鶴は不安そうな表情で頷いた。
『うん。金の髪で、目は赤い人だったかな……。土方さん達と一緒に天王山に行こうとしてたら、急に現れて……』
『なにかあったの?』
伏せられた目になにか得体のしれない不安を覚え、悠日は心配そうに千鶴にそう問う。
そんな悠日を見つめ、千鶴は小さく頷いた。
『隊士の人が斬られて……。薩摩に属してはいるらしいんだけど、長州の人達が逃げるのを追い掛けてた私たちを止めてきて……。……何て言うのかな、その、風間って人、なにか、違う気がして』
どう言っていいものか分からず、千鶴はごめんね、と謝った。
『そう……。でも、千鶴ちゃんが無事でよかった。その人、池田屋で沖田さんと戦っていた人だから……』
『うん、それはその風間って人も言ってた。……よく分かったね、悠日ちゃん』
『千鶴ちゃんが、金色の髪で、目の色は赤い男の人って言ってくれたから。……そんな人、余程のことがないと見かけないでしょう?』
確かに、と千鶴は苦笑した。
事実そんな派手な者がいれば、確実見世物状態だ。
――むろん、彼ならばくだらないと一刀両断するか、扱いに激怒して実際に一刀両断しそうだが。
『……なら、沖田さん、悔しがってるかもしれないね』
自分が敵わなかった相手が来ていた。――自分から待機を申し出た分、歯痒いかもしれない……。
千鶴の呟きにそうね、と返し、悠日は目を伏せた。
「……ちゃん、悠日ちゃん」
「あ、ごめん。また考えごとして……」
ふっと意識を引き戻されたかのような感覚に、悠日はどこか困ったような表情で笑った。
覗き込んでくる千鶴の表情は心底心配している人のそれだった。
今日は千鶴に心配をかけ通しだと、そんな顔をさせてしまったことを申し訳なく思う。
「本当に大丈夫? さっきから時々うわの空だし、今日は休んでたほうがいいんじゃない?」
「大丈夫。千鶴ちゃん、心配しすぎ」
指摘に自覚がないわけではないが、別に体調が悪いわけでも気分が悪いわけでもないから、休む必要もないだろう。
ね、と悠日が微笑むと、どこか納得のいかない表情で千鶴は頷いた。