第四花 八目蘭
そんな彼女達を、気配を押し殺して影から見ていた者がいた。
はあ、とため息をつき、悠日がいた場所を怪訝そうな瞳で見つめている。
「……最近様子が変なのは、このせいだったんだ」
妙にそわそわしていると言うのだろうか。少なくとも、雰囲気は違っていた。
大した変化ではないから皆気づいていないようだったが、彼は気づいたのだ。
もしかしたら、記憶が戻っているのではないかと。そしてそれは、やはり間違っていなかったのだ。
翡翠の双眸が鋭く光る。
建物の壁にもたれて空に浮かぶ月を見ながら、彼は目を細めた。
寝付けなかったので庭をぶらぶらしていたとき、悠日の呟きが聞こえてきた。気配を殺していたので彼女は気づいていない様子だったから、それをいいことにそれらを聞いていたのだ。
黙って出かけるようだったので、そのまま後を追おうと待っていると、彼女の姿が唐突に消え、初めはびっくりした。
だが、「場所は千本」と言っていたため、屯所からそう遠くはない千本通へでたところ、四条の辺りに彼女を見つけた。
彼がついた頃には、彼女は既に池田屋にいたあの浪士――悠日が『風間』と呼んでいた――と一緒だった。
初めはまさか情報でも与えに来たのかと思ったが、話の内容からそれとは全く別物だと気づき、出て行くのを少し待つことにし、聞き耳を立て。
風間に彼女が引き寄せられたときに出て行こうかと思ったが、思いがけない助っ人が入ったので、出る機会を失い、今に至る。
霞原という姓、悠日と言う名前。京に住んでおり、出身は宇治。
そして、被布の下から現れたあの色彩。
彼の中で全ての符合が一致し、やっぱりね、と呟いて、彼――沖田は身を翻した。
上着の影から見える薄紫の【花】が、それにつられて揺れる。
なんだか不快なものだ。彼女の行動も、彼女がされたことも全て。
「……君は、覚えていないのかな」
――僕との、【あの日】の約束を。
<第四花 終>
2011.8.20
2012.9.30 修正