第四花 八目蘭

 千本通。

 どこからともなく、悠日の姿が闇の中から現れた。ふわりと翻った被衣[かずき]は、やがてなにごともなかったかのように落ち着いて、悠日の全身を覆う。

 新選組屯所からさほど距離のないその通りは、真夜中ということもあって人の姿は全くない。

 御所周辺――ここからずっと東へ向かったその場所に大勢の人が集まっている。その中に、新選組の面々も含まれているのだ。


 人々の目がそちらに向かうのをいいことに、都西方寄りのここに呼び出すとは、ずいぶん周到なことだ。

 しん、と静まり返った道には、人の気配は全くない。
 藍色の衣を未だ被ったまま、悠日は呆れたように小さくため息をついた。


 待ち人の姿は見当たらない。千本通といえど南北に伸びていて範囲は広い。
 それを分かっているからだろう、【彼】はわざわざ「四千の道にて」と示してきた。

 あえて伏せて送ってきた辺り、おそらく送ったのは本人ではないのだろう。

 ――そもそも本人が送るとは全く思えないが

 風に乗るようにして伝えられたその伝言。
 都のおもだった通りで千がつくのは千本通のみ。そして四といえば四条。


 だから、四条と千本の交差した場所が示された場所のはずだが、まだ来る気配はない。


 ため息をついてふと夜空を見上げると、月が既に西に傾いている。満月より少し欠けたそれが薄雲に隠れた。

 淡い月明かりが照らす中、悠日は眉をひそめながら淡々と口を開いた。


「……呼び出した本人が遅れるとは、随分なご身分ですね」


 さわりと風が吹く。雲に隠れていた月が顔を出し、【二人】の姿を闇に照らし出す。

 ――悠日の背後に、一つの影が唐突に現れていた。

 金の髪に赤い瞳、どこか尊大な雰囲気をまとっている。

 被衣があることもあって振り返ることなく見えるはずもないその人を、悠日は横目で睨むように目だけを動かした。
 気配でそこにいるのは分かっている。そしてそれが誰なのかも。


「ふん、貴様にそのようなことを言われる謂れはない。貴様より地位の高い俺があとに来て何が悪い」


 背後の男性が、小馬鹿にするような態度で悠日に言った。怜悧な視線が悠日を射抜くが、彼女は気にした様子もなく、ふ、と笑う。――昔からの性格には変わりはないようだ。


「確かに、西の鬼筆頭・風間家の御曹子なら、私より地位が高くても不思議はないでしょうね」


 そう口にしながら、ふわりと悠日は体ごと振り返る。

 雲が完全に取り払われた月の光が照らし出した風間の顔を見て、悠日は不機嫌そうな顔で眉を寄せつつ小さくため息をつく。

 相手を見下す表情も目も、性格と同じく相変わらずなようだったから。



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