第四花 八目蘭
さわ、と風が吹いた。
草木も眠る丑三つ時。縁に立つ人影は一つ。
悠日は閉じていた瞳を開いて、とん、と庭に降り立つ。
「こんなややこしい事態になっているときに呼び出すなんて……相変わらず、非常識ね」
部屋の周りには見張りもいないことを確認し、悠日は小さな声でそう呟いた。
困った、というより呆れた風情にも見える表情は、雲に隠れた月明かりに淡く映える。
「場所は、千本……」
再び風が、さわ、と悠日の髪を揺らした。秋に入り少し涼しくなり始めた風は、少しばかり夏の暑さを残している。
その微妙な生温さに顔をしかめ手の中にある藍色の衣を見下ろした悠日は、はぁ、とため息をついた。
戻った大半の記憶。――それに伴って、話さなければならないことはたくさんある。
【彼】にも、今いる、この新選組の面々にも。
前者はともかく、後者については少しずつ考えなければならないだろう。
そう思いながら、悠日は外をじっと見つめた。
新選組の面々のほとんどは出払ってしまっているし、今の時間帯だと皆眠っているはずだ。
【出かける】なら今が最良だろう。
はっきり言って気乗りはしないが、行かなければあとが怖い。
昼の外出は禁じられている。しかも監視つきで不自由。
そのことを含めても、行くならいましかない。
ぱさり、と小さなきぬ擦れの音をたてると、悠日はふわりと藍の衣を頭から被った。ひとえの衣が月明かりを通し、外からは見えないが内側からなら向こう側が見える。
自分の姿は否応なく【目立つ】ため、こうしなければ見つかってしまう。
頭から膝辺りまでを覆った衣を翻し。
――地を蹴った悠日の姿は、そこから忽然と消えた。