第四花 八目蘭

 薬を飲んた悠日が必死で苦さをやり過ごしていると、[ふすま]が開いた。

 とても真剣な表情をしているのを見て、悠日は目をしばたたかせる。


「先ほど、会津藩から伝令が届いた。長州の襲撃に備え、我ら新選組も出陣するよう仰せだ」


 近藤の最初の言葉で空気が緊迫したものに変わったが、すぐに皆から歓声が上がる。余程嬉しかったらしい。


「ついにきたか! 待ち兼ねたぜ!」

「残念だったな、平助。怪我人はさすがに不参加だろ?」


 喜びが伝わってくる永倉に続き、原田が藤堂に向けて皮肉を口にする。
 もちろん、藤堂はそれにわめいた。


「えー!? でも、せっかくの晴れ舞台じゃん! 俺だって参加したいし!!」


 そう言ってじっと土方に視線を向けた藤堂は、その反応を待つ。


 ――が。


「不参加に決まってんだろうが。文句言ってねえで大人しく屯所の守備に就いてろ」


 結局一刀両断された。
 その言葉に更にわめくが、土方は気にした風もない。


「へ、平助君、あの怪我、結構深かったし……」

「無茶して広がったらそれこそ元も子もないから、従った方が……」


 千鶴と悠日が小さく言ってみるが、藤堂にそれが聞こえるはずもない。


 鬼副長と罵られた土方は、なぜかそれを褒め言葉と取った上で口を開いた。


「文句言うんじゃねえ。簀巻きにされたくなきゃ黙ってろ」

「す、簀巻き……」


 ――やりかねない、この人なら絶対やりかねない!


 思わず心の中で叫んでしまった千鶴と悠日である。

 そこまで言われると、藤堂も二の句を告げない。
 見るからにしょぼくれた藤堂に掛ける言葉が見つからず、悠日達は困惑の表情で互いに顔を見合わせた。

 そんな彼に言葉を向けたのは、同じく留守番組の山南だった。


「怪我人は足手まといなんですよ、藤堂君。素直に屯所で待機しましょう」


 自虐的にも聞こえる山南の言葉に、悠日は少し悲しそうに眉を寄せた。
 前はこんなことを言うような人ではなかったからだ。

 怪我をして以降増えてきたその面に、幹部のほかの面々も困惑の表情を浮かべる。

 それはともかく、山南にまでそういわれた藤堂は、がっくりと肩を落とすしかなかった。


「……そういえば、沖田さんは?」


 すぐ傍にいた沖田に悠日は問う。彼もまた諦めた表情でため息をついた。


「僕も参加したいけどね。本調子じゃないし、今回は仕方ないから諦めるよ」


 その言葉に悠日は少しほっとした。あんな風に血を吐いたのに、無茶をすると言われたらどうしようと思ったからだ。

 本当なら参加したい沖田には、うっとうしい心配かも知れないが。

 そんな中、永倉がそういえば、と千鶴に切り出した。


「千鶴ちゃん、今日の巡察の時に、もし新選組が出陣することになったら一緒に参加したいとか言ってたよな?」


 その言葉に、思わず悠日は千鶴の方を見た。


「そうなの?」

「た、確かに言いましたけど……でも、そう簡単に参加なんて……」


 不安そうに言う千鶴の語尾は消えゆくような小ささだ。だが、それが聞こえていなかったのだろう近藤は、朗らかな声色で返した。


「そうだな、こんな機会は二度とないかもしれんしな! 君も参加してみるか!」

「えぇっ!!」

「うっわ、いいなー、千鶴。俺も行きてー」

「けどな、大丈夫だって保証はねぇんだ。屯所で大人しくしてろ」


 藤堂が羨ましそうに千鶴に言ったが、その千鶴の希望も土方に一刀両断された。
 当たり前だ。千鶴が即戦力になるほどの腕前でないことは千鶴本人から聞いている。
 反対されるのはある意味道理だ。


「君は、新選組の足手まといになるつもりですか? これは遊びではないのですよ?」


 山南からも冷笑を向けられて、千鶴はたじたじになってしまう。
 だが、そこに助け舟を出したのは驚くことに斎藤だった。


「では、足手まといにならなければ同行を許可してもいいという意味ですか?」


 そんな斎藤の言葉に、山南は目を見張った。悠日と千鶴もびっくりして目を瞬かせた。


「彼女は池田屋事件で我々の助けとなりました。一概に足手まといとも言えないでしょう」


 褒められて少し照れている千鶴に、悠日は微笑んだ。
 別に行きたいわけではないが、自分はどのみち足手まといだっただろうから、今回の件には参加できない。

 それにたぶん、行こうと思っても薬を飲まされたくらいだ、許してはくれないだろう。

 だが、千鶴は行きたいのだ。ならば、やっぱり行けるほうがいいのだろうと思ったりする。
 危ないのは分かっていても、悠日に止める権利はない。


「よし分かった! 君の参加に関しては、俺が全責任を持つ。雪村君、どうするかね?」


 近藤はそう尋ねているが、まだ山南は納得していない風情だ。

 微妙な雰囲気に、どうしたらいいかと悠日が半分無意識に沖田に視線を向けた。千鶴もそれに倣う。


「戦場に行くんだって分かってるなら、あとは君の好きにすればいいと思うよ、千鶴ちゃん」


 どうしよう、と沖田から悠日へ視線を向ける千鶴に、悠日は微笑みかけた。
 行ってきたら? と小さく頷く。
 それに背を押された千鶴は、近藤の言葉に頷いた。


「じゃあ私、参加させてもらいます。あ、そういえば悠日ちゃんは……」


 振り返った千鶴に、悠日は首を振った。


「私はここに残る。自分の身を守れるわけではないもの」


 特に悔しさの見えない表情に、千鶴はうん、と怪訝そうに頷いた。


「では、霞原君には平助と総司が駄々をこねんよう、見張っておいてもらうとするか」


 おそらく半分以上本気なのだろう、朗らかに笑った近藤に、悠日は苦笑して頷いた。


「では、準備を始めてくれ。皆速やかに行動するようにな」


 近藤のその指示で、各々出陣準備を整えはじめるのだった。



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