第四花 八目蘭

 池田屋事件以来、悠日は暇な時間ぼーっとしていることが多くなった。


 自分はどうするべきなんだろうか。そう考えながら空を見上げる。


「悠日ちゃん? どうかしたの?」


 そんな悠日を心配して、千鶴が覗き込む。
 びっくりして千鶴を見ると、悠日は首を傾げた。


「あ、ごめんなさい。何?」


 どうやら千鶴の言葉は悠日の耳には入っていなかったようだ。
 悠日の横に腰掛けて、千鶴が心配そうな顔をした。


「何か心配事? 私でよければ相談に乗るよ?」


 そんな千鶴に、優しい子だなぁと思いながら悠日は首を振った。
 だが、これは自分で解決しなければならない問題で、現時点では誰かに話せるものでもない。


「うん……。でも、特には何もないから、心配しないで」


 嘘をつくことに痛みを覚えつつ、悠日は首を振った。
 ね? と笑う悠日に、千鶴は腑に落ちない顔をしつつも頷くしかない。

 それを見て、悠日はそういえばと再び首を傾げた。


「千鶴ちゃんこそ、どうかしたの?」

「あ、うん。お昼ご飯の用意が出来たから、呼びにきたんだよ」

「あ、そういえばそんな時間ね」


 太陽が中点に差し掛かっている。ちょうど昼食時だ。


「わざわざありがとう、千鶴ちゃん」


 どういたしまして、と笑う千鶴に、悠日も微笑んだ。























 いつものように騒がしい、一部では戦争のような昼食後、千鶴が土方に頼まれて薬を持ってきた。
 斎藤が言うには石田散薬という、土方の家が作る万能薬とのことだった。
 どうやら熱燗のお酒で飲むものらしい。


「これは、どなたに渡せばいいですか?」

「総司と平助だ。……それと、山南さんにも頼む」


 指示する土方の言葉に目を見張ったのは、最後に名を出された山南その人だった。


「私もですか? 私の傷はもうふさがっていますよ、土方君」


 意外そうに瞬きする山南に、沖田がものは試しだと執り成すように言った。諦めたように山南は薬を手に取る。
 薬をあおる三人を一瞥したあと、土方は悠日へと目を向けた。


「悠日、お前も一応飲んどけ」

「え……?」


 唐突に土方に渡されて、悠日は少し嫌な顔をした。薬は誰しも飲みたいと思うものではない。
 あれからもう一月以上経っている。現在も特に問題なく過ごせているから必要ないはずだ。


「倒れてた原因は分からねぇんだ。もしかしたら、総司みたいに中がやられてる可能性もあるだろうが」


 それはないです、と反論の言葉を言いかけた時、悠日の前に薬が置かれた。
 そちらに目を向ければ、沖田が楽しそうに笑っている。


「嫌だ、なんて君に言う権利ないからね?」


 どう見ても面白がっている様子の沖田に、悠日は戸惑いの表情を見せた。

 悠日が怪我をしないようにかばってくれた本人が、悠日に怪我をした可能性は皆無だと知っていてこんなことを言っているのだ。

 これはどう返すべきか。


「悠日ちゃん、一応、飲んでおいたほうがいいんじゃないかな…?」

「ほら、千鶴ちゃんもああ言ってるし、ね?」


 絶対確信犯の笑みの沖田に返す言葉がなく、悠日はため息をついて頷いた。


「……それを言ったら、永倉さんも呑むべきですよね、これ。この間、手の……」

「完治してるって!」


 まだ少し傷がうずくことがあるとこぼしていたのを聞いてしまったため、悠日がその旨を言いかけるととっさに否定した。

 普段通りの生活をしているので、あまりそれは目立たないのだが、言ってしまえば飲まされるのは必至。
 石田散薬を飲みたくない永倉の否定はある意味当然だ。


「しかし、藤堂君と総司が、怪我して帰ってくるとはなぁ……」

「あれは池田屋が暗かったから! 普段の戦いなら遅れは取らないって!」


 井上の言葉に、藤堂は声を大にしてそう言った。
 そうしてぶつぶつと、横から急に殴られてどうのとこぼす。

 そんな藤堂をちゃかす原田に対し、永倉は沖田に水を向ける。


「他にも、総司から逃げ切ったやつもいたしな」

「次があれば、勝つのは僕ですから」


 静かに微笑んで言った沖田の声に、少しの殺気がこもっている気がするのは気のせいだろうか。
 その二人の会話に、悠日が目立たない程度に反応した。


 千鶴はただただ黙っている斎藤と話している風情だったが、悠日はこちらの話の輪に入っていたのだ。


「しっかし、総司から逃げ切るってことは、相当の手だれだよな。悠日ちゃん、本当に怪我してねぇのか?」

「本当です! 沖田さんが、守ってくださいましたし……」


 へぇ、と永倉は笑った。珍しい物を見るように沖田に目を向ける永倉のそれに、沖田は気づかない風情で茶を口にしている。


「まあ、それならよかったぜ。でも一応、飲んどけよ」


 ほら、と熱燗のお酒を原田に渡され、悠日は責めるように沖田を見た。


「何? さっきも言ったけど、君に拒否権はないよ?」


 にこにこしながら言われて、悠日は苦そうな顔をしながら薬と酒を呑む。


「に、苦い……」


 酒を呑むのは初めてだ。その上薬も苦い。

 ――本当なら、こんなものは必要ないのだが。


 そう胸中で悪態をつきながら、悠日は苦みを過ごすのだった。


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