第三花 花菖蒲
池田屋から去った浪士――風間千景は、市中にて、共に池田屋に来ていた天霧と合流した。
不遜に笑うその表情は、機嫌のいいときのそれ。
往路と違うそれを怪訝に思い、天霧は問う。
「池田屋で、なにがあったのです?」
その問いに答える様子はなく、くくく、と風間は笑った。
「風間」
咎めるような口調の天霧に、さも面白そうに口元を歪めて風間は言った。
「天霧、池田屋で面白いものを見つけたぞ」
「……何をです?」
池田屋方面を風間が見つめる。それに倣うように、天霧も眉を潜めつつそちらに視線を向ける。
「霞原の『菖蒲』が、生きていた。――いや、今は『菖蒲』と呼ぶのは適切ではない、か」
「……悠姫様が、生きておられたということですか?」
ふん、と風間は鼻を鳴らし、ひらりと身を翻した。
「だが、あいつは俺が誰か分かっていなかったようだな。……芝居か、それとも本当に記憶が失せているのか」
天霧はそれには特に何も言わず、告げなければならないことを伝えた。
「雪村家の姫も、生きているようです。かの姫もまた、池田屋に」
それを聞き、風間は再び楽しそうに笑う。
「女鬼は貴重だ。いずれ確かめにいく必要はあるだろう。……もし間違いないとすれば、せいぜい利用するだけだ」
そう言った風間と天霧の姿は闇の中へ溶けていった――。
<第三花 終>
2011.6.4
2012.9.23 修正