第三花 花菖蒲
「左之さん、新八っつあん!」
勝手場に駆け込んできた藤堂を、三人は振り返った。
ただ事ではない雰囲気に、悠日の表情が曇る。
「どうした、平助?」
「今さ、総司が巡察から帰ってきたんだけど、古高を捕縛したって……!」
その藤堂の言葉に、原田達二人は目を見張った。
話の流れについていけない悠日は、首を傾げつつ取り合えず昼食の準備をするべく作業に戻る。千鶴に危害はなかったのだろうと判断したため、少しほっとした面持ちだ。
もう火を止めてもいいだろう。そう思って火を消しはじめた悠日の耳に、原田の驚愕したような声が入ってきた。
「どういうことだ、そりゃ。確か、古高の動きは山崎と島田が追ってたんじゃなかったか?」
「まだしばらく泳がせとくって言ってたよな、土方さん。総司のやつ、知らねぇわけじゃねぇだろ」
眉を寄せて不思議そうな永倉の言葉に、少し呆れた様子で藤堂は言った。
「そのことで、山南さんの説教受けてるんだよ、総司と千鶴が」
「……え?」
千鶴の名前に反応し、悠日は思わず尋ねた。
その悠日の声に、三人が彼女を振り返る。
「あの、平助君。千鶴ちゃんに何か……」
「あー、怪我とかそういうことは大丈夫みたいだから安心しろって。まあ、詳しいことを聞こうにも、あれじゃあ聞けないけどな。俺も全部ちゃんと聞いたわけじゃないし」
ごめんな、と言いながら、聞くに聞けない状況を思い出したのか藤堂は少し苦笑いを浮かべる。そんな彼に、悠日は首を傾げた。
「そんな、お説教受けなきゃいけないようなことがあったの?」
「俺もその辺はよく分かんないんだけどさ。なら、悠日も広間来るか? あ、でも昼食の準備終わってないか」
「ううん。もう多分いいと思うから……って、広間でお説教中?」
びっくりして目をしばたたかせた悠日に、そうなんだよなー、と平助が困ったような顔をした。
広間は皆でご飯を食べるところだ。そこでお説教されていたら、昼食の準備どころではない。
「しばらく昼飯は食えねぇな」
「そうですね……」
悠日が困ったように呟くと、永倉がとても残念そうにぼやいた。
「説教終わるまでお預けかよ!」
「俺も腹減ったー……。悠日、なんかちょっとした食うもんないの?」
藤堂の言葉に、悠日はまた困ったような表情で眉を寄せた。
古高という人の捕縛の方が深刻な気がするのだが、食い気の方が勝ってしまっているようだ。いいのだろうか……。
悠日はそう思いつつ、勝手場の中を少し探してみる。だが、それらしい物は見あたらず、彼らを振り返って苦笑した。
「残念ながら、小腹を軽く満たせるようなものはないみたい。お説教終わるまで我慢してください」
その言葉に、藤堂と永倉が心底残念そうな顔をしたのは言うまでもない。それを原田は呆れた目で見つめる。
「取り合えず、御膳の準備は整えた方がいいかもしれませんよね。機会を見計らえば昼食にできるかもしれませんし、その時に準備を始めていては遅いでしょうから」
「なんだ、悠日ちゃん。甘露煮は完成か?」
「はい、出来ましたよ。ちゃんと骨まで柔らかいといいですけど……」
少し不安なのだが、実際食べるまではそれは分からない。
もしちゃんとできていなかったらごめんなさい、とそこは正直に言っておくことにする。
その悠日の言葉に、藤堂は思わず問う。
「……なあ、今日の献立考えたの、誰?」
「もちろん俺だ」
自慢げに自分を親指で指す永倉に、藤堂が呆れた目を返した。
「新八っつあん、作るのが悠日だってこと分かって考えてたのかよ。甘露煮っつったら超手の込んだ煮物じゃんか」
「当たり前だろ。悠日ちゃんには事前に許可とったしな、文句あるならお前の分食っちまうぞ!」
「宣言しなくても盗ろうとするじゃんか!」
ぎゃいぎゃい言い合いを始めた二人に、と悠日は乾いた笑みを向けるしかない。
「ったく、新八のやつ……。ああなったらしばらくは止まらねぇな。俺達で準備やるか、悠日」
「あ、はい」
原田に促され、悠日は準備を再開したのだった。
膳の準備を終えた後、悠日達は広間に向かった。
そちらの方から、山南と沖田の声がとぎれとぎれに聞こえてくる。
「おー、やってるやってる」
「……あの、土方さんはどちらに? 千鶴ちゃんに外出許可出したのは土方さんでは……」
「土方さんは今、古高を尋問中。さっき新八っつあんが持ってったろうそくと五寸釘は、口割らせるためのだってさ」
膳の準備中やってきた土方に、永倉が指示を出されて持って行ったその二つのものがろうそくと五寸釘だ。
それに藁人形が付けばまさに丑の刻参りなのだが、まさかあれが尋問道具だったとは、と悠日は少し青くなる。
その時、不機嫌そうな声が広間から聞こえた。
「そんなに怒ることないじゃないですか。僕達は、長州の間者を捕まえてきたんですから」
沖田だ。苛々絶好調、とその声がしっかりと表しているのが分かる。
「……沖田さん、不機嫌そうですね」
「まあな。ほら、悠日も入れ。そんなとこに突っ立ってても邪魔なだけだぞ」
原田に促され、悠日は少し困惑気味に広間に入って沖田と千鶴の右方に座り、ことの成り行きを見ることにした。
「怒ることではない? 沖田君は面白いことを言いますね」
刺々しい山南のその言葉に、悠日は自分が叱られているわけではないのに、びくりと肩をすくめた。