第二花 露草
「君の場合は護衛付きが前提だから、千鶴ちゃん以上に許可は難しいかもね」
唐突な話に、悠日は一瞬何を言われたのか分からなかった。
しばし瞬きした後、悠日は恐る恐る尋ねる。
「あの……私もいいんですか?」
「それは、土方さんの考えと君の今後の行動次第だよ」
そう笑って沖田は意地の悪そうな目で悠日を見て言った。
「だって君も行きたいんでしょ?」
「確かに行きたいとは言いましたけど……」
どう反応していいものか分からず、悠日は焦ってしまう。
「もしかしたら、記憶も戻るかもしれないしね。君、京に住んでたんでしょ?」
「……千鶴ちゃんが言うには、そうらしいですね」
「巡察中に京を見てまわれば何か思い出すかもしれないし、千鶴ちゃんの話を信じるなら、君も綱道さんの顔を知ってるんだから、記憶が戻ればその分捜索もしやすいし?」
一石二鳥でしょ、と沖田は真意の読めない笑顔を悠日に向ける。
「まあ、そんなわけだから待っててね」
「巡察同行の件は、俺達から副長に進言しておくゆえ」
子どもを嗜めるような沖田と真面目に返す斎藤の言葉に、千鶴と悠日はありがとうございますと頭を下げた。
「なんなら、僕が遊び相手くらいにはなってあげるし」
「遊び相手、ですか……」
どう反応したものか分からず、千鶴と悠日は苦笑した。
これは、子ども扱いされているととるべきなのか、それともからかわれているととるべきなのか、どちらだろうか。
両方な気がしてならない悠日である。
「とりあえず部屋に戻りなよ。他の隊士達に見つかって万が一大ごとになったら、あの鬼副長が帰ってきたとき大目玉を喰らうことになるよ?」
想像してしまった二人は、乾いた笑顔で笑うしかなかった。
それは避けたい。
むしろこの二人でさえ、大ごとになったときの信用は出来ないのだ。何かが起きる前に大人しく部屋に戻ったほうがいい。
「じゃあ戻ります」
「ありがとうございました」
そう言って二人は大人しく部屋に戻って行くのだった。
その日の夕暮れ時。
用があって部屋を離れていた悠日は、部屋がなんだか少し騒々しいのを見て首を傾げた。
部屋の外に斎藤の姿もある。
「あ、もう夕飯の時間だものね」
多分自分達を呼びに来たのだろうが、それにしてはいつもと少し違うような?
「ああ、悠日ちゃん、ちゃんといたんだ」
部屋の前まできて覗くと、何故かそこにいた沖田が振り返った。
にっこりと笑う沖田に、悠日は複雑な表情を返す。
「あの、私ちゃんと一言言ってから部屋を出ましたよね……?」
「うん。でも、そのまま脱走しないとも限らないじゃない。……まあ、もしそうなったら僕が君を斬るだけだけどね」
「特に理由もないのに逃げたりはしません。というより、どこに行けばいいかさえ分からない私が外に出たところで、なんら益はないと思うんですが……」
確かにそうだね、と沖田は可笑しそうに笑った。
部屋の中を見ると、どこかうちひしがれたような表情の千鶴が部屋の中で座り込んでる。
「千鶴ちゃん、どうしたの?」
「あ、うん。ちょっと……」
「総司、無駄話もそれくらいにしておけ」
今まで静かに部屋の中の様子を伺っていた斎藤が部屋に入ってきた。
「斎藤さん、いつからそこに!?」
「……俺はつい先程来たばかりだが」
「良かった……!」
ほっとした様子の千鶴と楽しそうに笑う起きた、そして相変わらず無表情な斎藤。
状況がいまいち掴めず、悠日は首を傾げた。
「……あの、一体何が?」
くくく、と横で笑いを堪える沖田に更に首を傾げると、斎藤が千鶴に言った。
「……そもそも、今の独り言は聞かれて困るような内容でもないと思うのだが」
「た、確かに隠さなきゃいけないような独り言じゃなかったですけど……! というか、聞いてたんですね……」
その二人の言葉から察するに、千鶴が独り言を呟いていて、それを聞かれたらしい。
すごく恥ずかしそうだ。
そんな千鶴に苦笑しながら、悠日は斎藤に尋ねる。
「えぇと、それで斎藤さんはどうしてここへ?」
「夕飯の支度が出来たから呼びに来た。……邪魔をしたか?」
言う機会を図っていたようだが、話に区切りがつかなさそうだったので割り込んできたようだ。
どうやらそれなりに待たせてしまっていることが伺える。
早くしないと、と思った矢先。藤堂が部屋の中に駆け込んできた。
「あのさぁ、飯の時間なんだけど、俺達のことどれだけ待たせる気なわけ?」
不服そうに頬を膨れさせる藤堂に、すまん、と斎藤が謝った。
そもそも、沖田が千鶴の独り言に突っ込んでいたことから始まっているような気がしたのだが、悠日はそこには何も突っ込まないことにした。
言えばまた何らかのからかいの対象にされること必至だ。
「お前らも急げよ。早くしないと食うもん取られちまうぜ。新八っつあんなんて待ちくたびれてやりかねねーぞ」
「すいません、藤堂さん」
「すぐ行きます」
悠日と千鶴がそう謝れば、藤堂は困ったような顔で口を開いた。
「なぁ、その『藤堂さん』ってやめてくれない? 皆『平助』って呼ぶし、年も近そうだからそのほうがしっくりするしさ」
そんな藤堂に、二人は首を傾げて顔を見合わせた。
そうして互いに確認するように口を開いた。
「……とすると」
「……『平助君』……でいい……?」
「いいぜ、むしろその方が俺も気楽だし」
満足そうに笑いながら、堅苦しいの嫌なんだよなぁ、と呟く藤堂に、二人はくす、と笑った。