第二花 露草
「どういう、こと……」
悠日は一瞬何が起きたか分からず目を瞬かせた。
気が付けば斎藤が千鶴の目の前に移動しており、一瞬のうちに千鶴の首に刃筋を突き付けていたのだ。
千鶴も状況についていけていないのか、呆然と目の前の斎藤を見つめている。
「曇りがないな、お前の太刀筋は」
「え……?」
千鶴が不思議そうに瞬きした。悠日も斎藤の言っていることがどういうことか分からず、首を傾げるしかない。
「太刀筋には心が現れる。お前は師に恵まれたのだろうな」
斎藤はそう言って身を引き、刀を鞘に納めた。
ほっとした悠日は、ふと足元を見て一瞬時を止めた。
そこに転がっているのは、千鶴が先ほどまで持っていた小太刀。先ほどの高音は、斎藤がこれをはじき返したときのものだろう。
それがこの辺りまで転がってきたのだ。
「……これ……は…」
拾い上げたそれを見て、悠日は浮されたようにそう呟いた。目の前に、今あるものとは違う光景が映る。
「これ、いい小太刀だね。随分年季のかかったものだけど、君の家のかな」
「え?」
千鶴がこちらを振り返った。はっとして、悠日は自分が手にしているものを見る。
今のは、一体何?
一瞬見えたのは、広い森と大きな澄んだ川。
妙な感覚に、悠日は小太刀をぎゅっと握る。
自分の記憶の一部だろうか。
だとしたら、どうして今それが?
「悠日ちゃん、それ、千鶴ちゃんに返してあげないと」
「あ、ごめんなさい」
沖田に促され、悠日は千鶴に小太刀を渡した。
「ありがとう、悠日ちゃん」
笑顔で悠日にそう言った千鶴は、小太刀を受け取ろうとして思わず取り落としかけた。
「千鶴ちゃん、大丈夫?」
「なんとか……」
指先にうまく力が入らないのか、千鶴は少しぎこちない動作でそれを受け取った。
「まだちょっと手が痺れてて。斎藤さんの剣、それだけ重くて威力があるんだなって……」
「一君の居合いは達人級だからね。驚くのも無理ないんじゃないかな」
満面の笑みを浮かべながら何故かいつにも増して楽しそうな沖田の言葉に、千鶴と悠日はどういうことかと首を傾げた。
「あの、居合いというのは……?」
千鶴が遠慮がちに問うと、二人は馬鹿にするでもなく解説しはじめた。
「帯刀した状態から抜き打ちの一撃を放つ技のことだ。抜刀直後の刃が上を向いているのは、お前も知っているな?」
「はい。私の小太刀もそうですから」
納得した風情の千鶴と違って剣術の知識がない悠日は首を傾げた。
それを見た沖田が鞘から少し刀身を出して説明を始める。
「こうやって、斬れる方が上になってるってことだよ。これが打刀。千鶴ちゃんが持ってるのは小太刀だけど、差し方は同じなんだよ」
真剣に話を聞く悠日に、沖田はどこか面白そうに笑いながら解説する。
「大昔は刃が下になるように腰に差してたんだけどね。今は抜きやすいってことで、打刀が使われてることが多いんだ。下向きに刀差してる人はかなり少ないと思う」
「そうなんですか……」
感心した風情の悠日にまた笑うと、彼は今度は千鶴と悠日両方に向けて解説を続ける。
「千鶴ちゃんの見てれば分かったとは思うけど、普通は両手で持って斬りかかるんだ。でも、居合いは片手で抜き打つことが多いんだよね。だから、結果的に威力が下がって実用性は低いって言われることが多いんだけど」
それに、少し理解できた悠日が、自信なさそうに言った。
「斎藤さんの場合は、威力が低いどころか一撃必殺の技……ってことですか?」
「そういうこと。回転が速いね、悠日ちゃん。頭のいい子は嫌いじゃないよ」
「はぁ……」
無邪気な笑顔で頷く沖田に、誉められているのかよく分からず、悠日は複雑な表情でそれに何とも言えない表情を向ける。
「よかったね、千鶴ちゃん、一君が本気じゃなくて。でなきゃ君、小太刀弾かれた次の瞬間にはお陀仏だったよ」
その言葉に、悠日は背筋が凍る心地がした。斎藤に殺す気がなかったから、今千鶴は生きていられる、そんな事実が少し怖かった。
「これが、居合い……」
結果的に負けた上、ほとんど力量を示せなかったのでので、千鶴は肩を落とした。
そんな千鶴に、斎藤は淡々と言葉を紡ぐ。
「……お前の腕は、少なくとも外を連れ歩くに不便を感じるようなものではなかったんだが」
「え?」
目を瞬かせる千鶴に、沖田はぱちぱち拍手する。
双方からの賛辞に、千鶴は不思議そうに首を傾げた。
「一君のお墨付きかあ。これ、かなりすごいことなんだよ? 千鶴ちゃん、よかったね」
「じゃあ、私……外に連れていってもらえるんですか?」
期待を込めた眼差しに、しばし沈黙が降りる。
どうなんだろうと、悠日も彼らの返答を期待を込めて待つ。
だが、返ってきたのは困惑の答えだった。
「外出禁止令を出した土方さんが許可するならいつでも連れていってあげるんだけど、今いないからね。僕達が勝手に許可出すわけにはいかないよ」
「……ですよね」
肩を落とす千鶴を、悠日は何だか気の毒に思った。期待させるだけさせられてこれでは少し悲しいだろう。
「副長が大坂出張から戻るまで待たせることになるな。……すまん」
「斎藤さんが謝ることじゃないです。気にしないでください」
わたわたとあわてた風情で言う千鶴に、斎藤はばつが悪そうに目を逸らす。
そんな彼らをよそに、沖田が悠日を顧みて、驚くようなことを口にした。