第二花 露草

 質問内容から思ったのか、それともからかいたいだけなのか、沖田はにやにやとした笑みで悠日に尋ねた。


「何? 君も外に出たいの?」

「……出たくないといえば嘘になりますが、自分の身を守れる自信は全くないので私は構いません。それ以外に理由もありませんし。でも、千鶴ちゃんはお父様を捜したいでしょうから。どうにかしてあげて頂けませんか?」


 悠日が千鶴の方に視線を向けると、悠日と同じように千鶴へ顔を向けた沖田が、相変わらずの笑顔で尋ねる。


「千鶴ちゃんは、自分の身はちゃんと自分で守れるの? 刀がただのお飾りなんじゃ、僕達だって考えるつもりはないよ」

「わ、私だって、護身術くらいなら……心得てます」


 絶対敵わない挑戦状をたたき付けられた千鶴は、少しだけ悔しそうにもごもごとそう言った。身を守りきれるという自信はないのだろう。

 普通の女の子が、自分より刀を容易に扱える男から確実身を守れるというだけの力量を持っているはずもないのだから、それも当然と言える。

 千鶴が俯きかけた時、それまで黙っていた斎藤が淡々と言った。


「ならば、その小太刀をお前が使えるかどうか、俺が今ここで試してやろう」

「えぇっ!?」


 思わず二人同時に声を上げ、それがまた沖田の笑いを誘う。
 笑われてばかりで不快感を顔に出せば、更に笑う始末だ。


「さっきから思ってたけど、君達ってすごく息ぴったりだよね。知り合いなだけでお互い赤の他人なのに、まるで姉妹みたいだよ」

「それ、誉めているんですか? それとも馬鹿にしているんですか?」


 思わず問う悠日に、ん? と沖田は何とも言えない笑顔を返してきた。
 どう見ても、からかっているようにしか見えないのはなぜだろうか。


「総司、話を逸らすな。……それで雪村、お前はどうするつもりだ?」


 そう問う斎藤の言葉に、自分の小太刀と斎藤とを交互に見つめ、千鶴は焦ったように言った。


「確かに護身術は習いましたし、小太刀の道場に通ってましたけど……そこまで腕がいいわけじゃ……」

「心配するな、加減はしてやる。もし遠慮をしているならそんなものは無用だ」


 千鶴を促す斎藤の様子に、そろそろ離れたほうがいいかもね、と沖田がそこから少し離れた縁側に腰掛けた。


「危ないから悠日ちゃんはこっちにおいで。……まあ、君がどうにかなったところで僕たちには特に問題ないけどね。君はある意味おまけみたいなもんだし」

「……すみませんね、文字通りの居候で」


 綱道という人には会ったことがあるらしいが記憶にはない。

 事実役に立たない自分が、千鶴の知人というだけで幽閉に留められているのは幸運としか言いようがないのは分かっていたから、そう返すほかない。

 そんな中、思いきり動揺した千鶴と斎藤とで問答が続いていた。


「その小太刀は、真実飾りなのか? 飾りでないのならば俺の話を断る理由はないはずだが」

「飾りじゃないです! 近所の道場に通ってたのも本当ですけど……でも、刀で刺したら、人は死んじゃうんですよ!? そんな簡単に斬りかかるなんてこと……」


 千鶴のもっともな懸念に、確かに、と悠日は頷いた。

 傷つけたくない、その思いは分かる気がする。

 だが、そんな彼女とは逆に、沖田と斎藤は目を丸くして千鶴を見つめ――しばしの沈黙の後、沖田が急に笑いはじめた。


「ぷっ……。あは、あははははは!」 

「沖田さん、何も笑うことないんじゃないですか…? 私は千鶴ちゃんの言いたいことも分からないでもないんですが……」


 千鶴側に立ってそう悠日が口にすると、沖田はいっそう腹を抱えて笑った。
 目の端に涙が見えるのは気のせいではあるまい。

 ものすごく失礼だ。これでも正当なことを言っている気がするのに、なぜ笑われる必要があるのだろうか。

 そんな悠日の心の声が聞こえるはずはないのだが、それへの返答は彼の笑いが収まってすぐ解決した。


「一般常識で考えればそうだけどさ、でも一君相手に『殺しちゃうかも』って不安になれる君達はある意味最高だよ」

「……そんなことで最高と言われても複雑なだけです…」

「…うー……」


 悠日と千鶴がそれぞれ複雑な表情で沖田を見つめる。


「刀は、斬るものですよね? もし怪我をしてしまったら困りますよね? ……斎藤さんが強くても、その危険性がないわけではないですよね?」


 疑問形式で悩む悠日の言葉に、千鶴も頷いた。


「悠日ちゃんと同じです。そんな危険な代物を安易に抜くことなんて……」


 それに、沖田が何とも言えない――優しいのか冷たいのかよく分からない微笑みを返す。


「千鶴ちゃん、君の考えは分かったけどさ、君の腕前を僕達に示しておけば、結果的に損はないと思うよ」

「え?」


 再び重なった声に笑いを堪える沖田を思わず上目遣いで睨みつけた悠日に、沖田は右手で制するようにそれを振った。

 そうして笑顔で悠日を見てから千鶴に顔を向け、続きを口にする。


「ごめんごめん。……あのね、君がそれなりに使えるって分かれば、僕達も君の外出を少しは前向きに考えるかもしれないんだよ? もちろん、君が嫌なら、僕達は別に構わないんだけど」


 強いて必要な人員でもないし、とけなしているのかからかっているのか分からない口調で沖田は言う。

 だがその遠回しの意味を考え、悠日と千鶴は何度か瞬きした。


「それって………」

「千鶴ちゃんのために、試してくれるということですか?」


 さぁね、と沖田は笑う。はぐらかすようなその言葉に、斎藤が続けた。


「ならば、鞘を刀代わりに使うか、峰打ちで打ち込め。それなら傷つけることはあるまい」


 その言葉に、千鶴は小太刀を見つめながらしばし逡巡した。
 だが、覚悟を決めたのか、斎藤を真っすぐに見て頭を下げる。


「……よろしくお願いします」


 それに、斎藤が小さく笑う。承諾の意だ。
 それを見て、千鶴は小太刀を抜いて構えた。斎藤に向かっているのは峰の側だ。

 だが、斎藤に刀を抜くそぶりが見えず、千鶴と悠日は首を傾げる。
 千鶴は構えているのに、なぜ斎藤は構えないのだろうか。

 そんな疑問が首をもたげ、悠日は隣の沖田に尋ねた。


「……あの、沖田さん。斎藤さんはどうして柄に手をかけているのに抜かないんですか?」

「まあ、それは見てれば分かるよ」


 千鶴と斎藤の様子を面白そうに見ながら沖田が笑うのに、悠日は首を傾げて千鶴達に視線を戻す。

 悠日と同じく疑問に思っていたような千鶴は、とりあえず打ち込んだ方がいいのだろうと思ったようで、真剣な表情になり高らかに宣言した。


「行きます!」


 声を張り上げて千鶴が踏み込む。

 掛け声を掛けながら打ち込んだ千鶴の刀が斎藤に触れると思った瞬間。


 ――きぃん、と高い音が響き渡った。



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