第二花 露草

 今のところ食事以外の雑用を任されていない二人は、日中基本的に暇を持て余していた。

「悠日ちゃん」

「なに?」

「……暇だね」

「……そうね」


 互いに苦笑し、出窓越しに外を見る。
 同じようなやり取りを毎日続けているが、言ったところで何にもならない。
 かといって言わずといられないのは、そう言うことしかやることがないからだ。

 居候の身でこんな暇時間を持て余していていいのかと思い、近藤に頼みに行った後でもそんなことを考えながら日々を送る。


「そういえば、千鶴ちゃん、お父様を探しに京に来たんでしょう?」


 悠日は思い出したようにそう言った。

 自分の記憶は、現在もさっぱり思い出せないので、悠日は新選組の人たちの探している千鶴の父を捜す役に立つどころか、千鶴の縁者というだけでやることもなく置いてもらっているという状態である。

 新選組と関わりがあった綱道の娘である千鶴がいたおかげで今悠日はこうして無事に生きていられるのに、その恩返しができないのがもどかしい。

 そんな千鶴と新選組の双方が目的としている、すべての事の発端たる綱道捜しは、実はほとんど――全くと言っていいほど進んではいなかった。


「まだ見つかっていないのでしょう?」

「うん……。だから、捜しに行きたいなぁとは思うけど……」


 新選組の人達の許可が下りないことには彼女はもちろん悠日自身も部屋を出ることさえままならない。
 出るなと言われている以上、動くことはできないのだが、このままでは千鶴が可哀想だ。


「千鶴ちゃんは、やっぱり捜しに行きたい?」

「うん。……誰かに頼んでみるっていうのもいいのかな?」


 そうなると部屋を出ることになるのだが、果たしていいものか、二人は頭を悩ませる。


「言わないよりは言ってみた方がいいとは思うけれど……」

「そうだね……。じゃあ誰かに頼みに行こうかな」


 千鶴が悠日の言葉に頷き、じゃあ頼む相手は誰がいいかと、二人は思案した。

 まずは、誰がどこにいるか分かる必要があるが……いまいち把握できない。


「悠日ちゃん。幹部の人、どこにいると思う?」

「うーん……大広間か、道場か……でも道場だと確実に平隊士の人達と鉢合わせてしまうし」


 それはまずい。なるべく隊士の人達の目につかないように生活しているのだから、そんなことをしたら今までの幹部の人たちの行動が水の泡となる。

 動き回って知れわたればどうなるか、想像に難くない。


「それか中庭……かな? 危険を冒して屯所探索っていう手もあるけど」

「それは、ちょっと……」

「大広間か中庭に行くのも、ある意味危険を冒す行為だと思うけど……それ以外に方法も思い浮かばないし……」


 そもそも部屋を出るということ自体が危険な行為だ。
 隊士達との接触を避けるなら、部屋を出ない方が一番いい。


「……中庭に行ってみようかな。あそこに平隊士の人達がいること、あまりないから。悠日ちゃんも行く?」

「もちろん」


 そんなやり取りを経て、千鶴と悠日は少し不安そうにしながら部屋を出た。

 そろそろと忍び足で歩きながら、二人はどきどきする胸を落ち着かせつつ中庭に向かう。


「もしいるのが平隊士の人達だったら……」

「駆け足で部屋に戻った方がいいかも……」


 うん、そうしようと二人で意気投合し、中庭を覗く。


「あ、沖田さんと斎藤さん」


 二人を見つけたのは千鶴だった。


「二人だけ?」

「みたい」


 ならば大丈夫だろう。二人は彼らに挨拶しながら近づいた。


「沖田さん、斎藤さん」


 特に驚いた風もなく、沖田と斎藤は千鶴と悠日に目を向けた。おそらく気配で存在に気づいていたのだろう。


「千鶴ちゃん。悠日ちゃんも。二人とも、明るいのと暗いのが混ざったみたいな顔してるね。何かあった?」

「え!? べ、べつに、何も……?」

「……というか、それを顔に出してるつもりもなかったんですけどね」


 千鶴の慌てた声と悠日の小さな呟きを聞き、斎藤が静かに答えた。


「お前達、その反応に全てが現れているとは思わないのか……。それより、俺達に用があるのではないか?」

「……斎藤さん、よく分かりましたね、私たちがここに来た理由」


 悠日がそう呟き、それなら話は早い、と千鶴は少し考えてから口を開く。


「私、そろそろ父様を探しに外へ出たいと思ったんですが……」

「残念ながらそれは無理だ。お前の護衛に割けるような環境が揃っていないからな。潔く諦めろ」


 取り付く島もない却下の言葉に、千鶴は肩を落とす。

 自分が入り込める話ではないので話を静かに聞くことにしようと思ったが、その様がなんだか可哀相で悠日は話に割って入った。


「近くだけでも駄目でしょうか? 屯所の周りとかなら、皆さんの目も行き届きやすいかと思うのですが……」


 その言葉に、沖田がそうだなぁと言いたげな顔をしてた。顎に手を持ってきて、いかにも考えている、といわんばかりの仕草だ。


「一番手っ取り早い方法は、僕たちと一緒に巡察に出ること、かな」


 確かに、巡察なら彼らの目の届く範囲でだけなら捜すことも可能だろう。なら、と明るくなった千鶴に、沖田はでもね、とその期待を裏切らせるかのように、楽しそうに続けた。


「巡察っていっても、ただ見回ってるわけじゃないんだよ? 死ぬ隊士だって出る可能性もあるんだから、皆命懸け。君も、浪士に殺されたくないなら自分の身くらい自分で守ってくれないとね。足手まといになる子を連れていけるほど、僕達だってお人好しじゃないんだから」


 意地悪な笑い方をする沖田に、う、と千鶴が言葉を詰まらせる。反論しようがないのだ。
 逆に、その言葉の裏に含まれた物を感じ取り、悠日は首を傾げながら問うてみる。


「あの……それはつまり、足手まといにならなければ構わないと言うことですか?」


 悠日が口にした言葉に、沖田は何とも言えない微笑みを向けてきた。



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