第二花 露草

「あーっ! 新八っつあん! 俺のばっか取るなよ!」

「甘い、甘いぞ平助! 何度も言うが、世は弱肉強食の時代だ!」


 毎日恒例の食事風景に、千鶴と悠日は顔を見合わせて苦笑していた。



 本日の朝食料理は焼き魚にほうれん草のお浸し、それにご飯とみそ汁がついたごくごく普通なものだ。
 ちなみに、女性の悠日と千鶴と男性らのご飯の量には結構差がある。


 のだが。


 日々体を動かしている人間には少ないのか、食事時は常に戦争だった。



 現在の座り順は、左右の均衡も考えて悠日と千鶴は向かい合って座っており、千鶴は左に永倉と藤堂右に原田、悠日は左に斎藤右に沖田の並びで座っている。


 そんな中、藤堂が呆れた目でこちらを見てくるのに、悠日は首を傾げた。
 一体なんなのだろうか。


「……なあ、一君。今取ったよな、悠日の焼き魚」


 藤堂の指摘を受けてふと自分の膳を見ると、確かに目の前にあったはずの焼き魚が忽然と皿の上から消えている。


「何か問題でもあるか」


 ふと横を見ると、丁寧に魚をほぐして食べている斎藤の姿。
 その皿の上にはその魚とは別の魚の骨が乗っている。


 つまり、今食べているのは二匹目ということ。悠日のものをとったのは明白だ。
 しかも証人あり。


「俺はある意味問題大有りだと思うんだけど……」

「君、見た目通り抜けてるんだね、悠日ちゃん」


 藤堂の言葉に無反応を決め込む斎藤とは逆に、悠日の横では沖田が面白そうに笑っている。


「はあ……ええと、すいません?」


 どう言ったものか分からず、何となく謝ってしまった悠日はさらに沖田を笑わせることになったのだが、それ以上どうしていいか分からず困ったように眉を寄せた。


「君さ、そこは謝るところじゃなくて怒るところなんじゃないの?」

「……そうなんですか?」

「本当、君って面白いね。なんていうか、世間様とずれが多すぎて!」


 やはりどう反応していいのか分からなくて、悠日は首を傾げるしかなかった。

 そんな様を、向かいの千鶴も苦笑しながら見ている。



 そんな毎日の戦争だが、賑やかしいためとても楽しいことも事実。
 二人とも来たばかりの頃より笑っていることも多くなった。


 幹部の面々と大広間で食べる朝昼晩の食事に、二人も少し慣れはじめている証拠だろう。

 喧騒を背景に、ご飯を手にそれを見つめたまま悠日は思案に暮れた。


 厄介になり始めたその日の晩の【あれ】が悠日自身何だったのか分からないまま日々が過ぎ、特に何事もないまま生活している。


 こうして彼――沖田の隣に座っていても何もないので、よく分からない。


 自分の記憶と何か関係があるのかと、そんな疑問ばかりが首をもたげてくる。

 考えても仕方ない、と現実に思考を戻したとき。

 ふと目の前を見て、先程までと何かが違う気がして首をひねった。


「………あれ?」


 膳右端にあった器がない。
 今度はお浸しが消失したようだが、今度は一体どこへ。


「……あの、沖田さん、私のお浸しって……」

「悠日ちゃん、あそこだよ。君がぼーっと考え事してる隙にね、新八さんが持っていっちゃった」


 沖田が指差す先を見ると、永倉の膳に、お浸しの器が二つあった。


「おう、悪いな。腹が減って仕方ねえんだ。見逃してくれ」


 明らかにとっていったことが分かり、しかもそれを開き直って自分の物宣言をする永倉に、悠日ははあ、頷くしかない。


「ちゃんと自分のは自分で守らないと。いくら君が女の子でも、容赦無しに盗ってっちゃうよ、あの人」


 ね、と笑いかける沖田に、悠日はどこか呆れた眼差しを返した。


「……止めようとはしてくれなかったんですね」

「うん、だって面白いからね、抜けてる君の反応が。もし欲しいなら僕のあげるよ?」

「結構です」


 どこか悪戯心の見える顔で笑う沖田に、悠日はきっぱりと断った。


「なんだ総司、いらねえなら俺が食っちまうぞ」

「僕、新八さんにはそんなこと一言も言ってないよね?」

「……なあ、二人ともさ、悠日が困ってるの分かってんの? 千鶴も呆れてるぜ?」

「えっ! 私、そんな呆れてなんて!」


 藤堂の助け舟は全く効果がなく、千鶴は慌てたようにびっくりしている。そんな彼らに悠日は苦笑するしかなかった。


「あの、私、あまり食べれないので……どうぞ取っていって構いませんよ。ご飯とお味噌汁以外なら」


 実際今まで相当取られてきたが、お腹が空きすぎた事態に陥ったことは一度もないので、それで足りているのだろう。

 ここですべて盗られると流石にお腹がもたないので、最後に一言付け足すのは忘れない。


「お、そうか。じゃあ遠慮なく貰ってくぜ!」


 その悠日の言葉で、その後の食事におけるおかずの消失度が増したのは言うまでもない。


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