第十四花 柊

 永倉と原田にそれぞれ先導と殿をされる形で通されたのは、それなりに広い広間だった。非公式に利用される対面の間と思われる。
 上座に座した土方の表情は渋面と言っても過言ではなく、藤堂や千鶴はともかく牡丹に対する警戒を隠そうともしていない。

 それを十二分に理解している牡丹はそれを涼しげに受け、まったく気にした様子はない。


「……それで、話ってのは?」

「まず一つ。可能であれば、お前たちの行動に私も同行させてほしい」


 直球で向けた言葉に、土方も永倉も原田も、真意が読めず警戒の色を強める。刺すような視線も、今にも膨れ上がりそうな殺気もものともしない牡丹へ向け、とげのある言葉を土方が向けた。


「……なぜだ? 俺たちを監視するためか?」

「否定はしないが……どちらかと言えば、お前たちをではなく、山南率いる羅刹隊をという方が正しいな」

「羅刹隊、を……?」


 以前は『新撰組』と呼ばれていたその部隊。それに変若水が関わっていることを、この場にいる面々は全員知っている。もちろん千鶴もだ。

 その対象が『羅刹隊』である以上、その範疇に含まれるであろう人物のことを思い出し、彼女は不安と困惑から呟いた千鶴へ視線を向けると目元を和らげた。


「そこの藤堂に関しては範疇に含まれておりませんのでご安心を、千鶴様。……と言っても、まだ姫は、藤堂が羅刹になったことをご存じありませんが。……もちろん、あの沖田に関しても」

「え……?」

「お伝えすれば、今すぐにでも飛び出されかねませんからね。あえてその情報は伏せてあります」


 呆れと諦めから出たため息に重なったその言葉、そしてこちらの情勢を理解しているらしい牡丹がその情報を知っているだろうことはすぐに理解できた。変若水の件について知っているであろう悠日にも伝わっていただろうことをそこから考えついていた面々は、それが覆されて虚を突かれた様子で目を見張る。

 そして、牡丹が補足で告げた言葉にも理解が及ばない。そもそも、変若水を飲んだからと言って彼女にどうこうできるはずはないのだ。

 心配しているだとか、叱責するだとかいう理由はあるだろうが、人の世に関わらせないといった千姫の発言から鑑みて、止められるのは必至。たかだかそれだけのためにそれを振り切って飛び出してくるほど、あの悠日が千姫の言葉に逆らうとは思えない。牡丹の態度を考えれば、それは容易に想像がつく、それが悠日と千姫の関係だろう。

 だからこそ、その意味を理解しかね、土方が代表するように尋ねる。


「どういう意味だ?」

「それを話す前に……斎藤から、姫に関してはどこまで話を聞いている?」


 前提条件となる話、と言わんばかりに、有無を言わせない様子で牡丹が質問に質問を返す。それに不機嫌になりながらも、土方は知っていることを述べた。


「……あいつの血に、病気や傷を治す力があるってことと……その力が帝のためにあるって話だったな。死んだ人間すら蘇らせるとかいう話でもあったが。……で、伊東のやつは、その血をもらう算段をつけてたって話だが」

「……そこまで知れているなら、隠し立てしてもいずれは真実にたどり着く、か」


 知られるつもりのなかった事実だが、あの状況でそれを伝えずに済む術はなかった。脱出できるきっかけができた上、偶然降りてきていた助けの手も重なったのはかなりの僥倖だったのだから、それだけでも喜ぶべきなのかもしれない。

 ――状況によっては、生きていることそのものが障害となることもあり得るだろうが、そうなれは彼女がどうするかも理解している以上、それには触れず、牡丹は一度息をついてから土方へと視線を向けた。


「まず、ひとつ訂正だ。姫の血に、死人を生き返らせる力はない」

「……ほぉ。傷やら病やらを治す力はある、ってのは訂正しねぇのか」

「事実だからな。……だが、傷や病を治すにも、代償がある」

「代償……?」

「姫ご自身の、命だ」

「なっ!」


 息を呑んだのは千鶴や藤堂だけではなかった。悠日を敵視しているはずの土方や永倉、原田といった面々も目を剥いている。『命』と言ったのがまずかったか、と思って牡丹は言葉を選びなおした。


「命、というと大げさか。正確に言えば寿命だ」

「……いや、変わらねぇだろ、それ……」

「じゃあ、悠日ちゃんは……」


 そうなると、血を搾取されたという悠日は、それを知らないうちに使われていたということになる。それを察した藤堂と千鶴の言葉に、彼女はご安心を、と言葉を挟んだ。


「先日の血の搾取は、姫本人の意思がなかったので通常より削られる寿命はずっと少ないですよ。……それでも、量が量ですからね、相応に削り取られています」

「一体、どれくらい……」

「十年」

「十年……!?」


 牡丹の言い方だと一年や二年という程度の期間だと思っていただろう『人』の考え方の範疇にいる彼らの驚き方は当然だ。牡丹とてその感覚の違いくらいは分かっているが、それでもやはりこういうことを伝えるのは苦手だと、そんなことをもいながら話をつづけた。


「鬼にとって……ましてや姫ご自身にとっては随分短い期間ですよ、千鶴様。……ですが、人にとってはそうでないことを、あなたもご存じのはず。それに、その影響は鬼にとっても大きいことに変わりはないのです。だからこそ、いまだ全快されないのですが……」


 寿命の長さに対する影響は少なくても、体への影響は大きい。できるのであればここに来たかったのは悠日だ。牡丹もそれを理解しており、だからこそなるべく相手を刺激しないようにしている。――出なければここまで丁重な態度で出ていない。

 そんな牡丹の言葉に、藤堂が恐る恐るといった体で尋ねた。


「……じゃあ、仮に、悠日が自分の意思で血を与えた場合、どうなる?」

「姫の意思によるが……人が人並に生きるために削るとしたら、十年といったところか」


 人並みに生きる程度の期間、と言うと大体五十年といったところか。人それぞれ寿命は異なるものの、五十年あれば人は人並みの寿命で死ぬことができるはずだ。
 牡丹もそれくらいの年数を見越して発言したため、彼らの解釈は間違っていない。


「……結局、悠日ちゃんは自分の意思とは関係なく、それだけぶんの命を削られたってことですか!?」

「そうなりますね」


 千鶴の青ざめた様子に、悠日にかかった負担がどれほどのものかよく理解で来たことを牡丹も察する。さすがにそれ程の年数の話になっているとは思いもよらなかった土方たちも愕然とした表情をしている。
 そんな彼らに、質問されるよりも前に牡丹が答えた。


「それと、それを沖田相手に使わなかったか否かの話であれば、それは否だ。いや、違いないわけではないが……」

「どういう意味だ?」

「姫の血は帝相手にのみ、という約定だったからな。沖田に血を与えることは、文字通り死につながる。――約定違反という形でな」


 訳の分からない話になり始めたことに困惑しながら、千鶴が未だに衝撃から抜け切れていない様子を見せつつも首を傾げた。

「だった……? それに、約定違反って……」

「先帝と霞原の一族との間のその約束はすでに終わっておりますから、過去の話なのですよ。約定違反とはその通りです。『帝その人のために血を与え、その命を助けること』に反すれば、姫の命はありませんでした」

「だが、前の天子様は崩御されて久しいだろう。助けられなかったなら、それこそ約定違反だろうが」

「必ず助けるという約定ではないのでな」


 詭弁とも取れるそれをしれっとそんなことを言った牡丹だが、そのほかにも様々なことがあるのだろう、彼女の表情は言葉の調子に反して渋面を作っていた。それ以上を告げるつもりもない、という雰囲気も伝わってきたため、彼らはそれ以上を尋ねることをやめた。


「……なるほどな。だから、天子様しかあいつらの一族のことを知らなかったってわけか」

「こういった話を知った人間どもは、基本的にその力にすがりに来る。……こちらの命を削ると知っていてなお、な。それが人間というものだろう、違うか?」


 それに、否定の言葉は浮かばなかった。帝のためにあるはずの血であっても、そしてその血さえあれば傷や病が治るというのであれば、藁にも縋る思いでやってくる人間は少なくないはずだ。相手が死のうが何だろうが、こちらの命がかかっているとなれば血眼になって求めるものとているだろう。
 一部の人間以外に伏せられていた事情は、それだけで十分な理由だった。

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