第十三花 柘榴

 その日の夜のこと。
 千鶴は、床についたものの目が冴えてしまって、眠りつくことができずにいた。


「……鬼……」


 先程来ていた千姫が言っていた言葉が気になって仕方がないのだ。
 自身が鬼だということや、本来であれば純潔の鬼の家の頭領となるべき者なのだということ。風間の狙いが自分であること。

 そして、悠日もまた、鬼であるということ。

 あれだけの血を流して、本当に大丈夫なのだろうか。自分と同じ鬼、ということは、おそらく怪我がすぐ治る体質なのだろう。牡丹の傷の治りを見てもそれは理解できる。だが、致命傷だと助かることはないし、治癒が追いつかなければ死ぬのだと、彼女たちは言外に告げていた。千姫のことも、悠日のことも、どちらも混乱していて、しっかり理解できているかと言われると肯定はできなかった。

 自分とは違う意味で狙われているという悠日。ここに残ることを許してもらえた自身と違い、彼女は残ることを許されなかった。
 あの怪我ではここにいさせることができないということなのかもしれないが、理由はそれだけではない気がした。何かもっと特別な――重い理由があるのではないか。

 そんな違いから、つい先程自分の意思で残ることを決めたはずなのに、本当にいてもいいのかと考える。
 ほかに取るべき道もなかったが、一人で決めてしまって、本当に良かったのだろうか。
 寝返りを打って悶々とした感情を持て余していた時、ふと外から剣戟の音が聞こえた。
 怒号や悲鳴も聞こえてきて、尋常ではない何かが起きているのだと察する。

 庭の方から聞こえるそれを怪訝に思って体を起こすと、それとほぼ同時に廊下から声をかけられた。


「夜分に失礼します!」


 島田の声だと察して、驚き混じりに返事をしたのと同時に、彼が部屋へ入ってきた。
 いつになく緊張した面持ちの彼に、千鶴は不安そうな様子で何があったのかと問う。


「鬼たちが屯所に襲撃を仕掛けてきました」

「えぇっ!?」


 慌てて部屋を飛び出そうとするが、千鶴は島田に制止された。


「奴らの狙いは君です。ここでじっとしていてください」

「で、でも、狙われてるのは私なのに、じっとしてるなんて……!」


 元凶は間違いなく自分なのに。いつも新選組の人たちに守られて、迷惑をかけてしまっている。
 こういうことになるから、千姫は自分を迎えに来たのだ。現実を突きつけられると、あの時の判断が本当に正しかったのかとつい考えてしまう。

 こんな時、悠日だったらどうするのだろう。自分とは立場が違うとはいえ、彼女も狙われている身だったのだというのだ。
 今思えば、彼女は無意識だったのかもしれないが、外に出ることを極力避けていたような気がする。それは多分、外へ出れば危険度が増すと知っていたからだ。きっと今の状況でも、そうしたのだろうと考えた。


「……分かりました。ここにいますから、島田さんは皆さんの応援に行ってください」


 風間たち鬼の実力は、千鶴も何度か遭遇しているため十二分に分かっている。池田屋然り、禁門の変然り。彼らの相手は一筋縄ではいかない。戦力は多いに越したことはないのだ。
 そんな思いで島田にそう言ったが、彼はそれに首を振った。


「いや、俺は君を護衛するよう命じられましたから」

「そう、なんですか…………っ!」


 申し訳無さと有り難さとが同時にこみ上げ、複雑な表情をしていた千鶴が、驚いたように目を見張った。
 その視線の先。背にしている島田にはそれが見えておらず、怪訝そうに尋ねる。


「雪村君、どうかしましたか?」

「島田さん、後ろ……!」


 千鶴の視線の先にあるものを確認しようと、島田は振り返る。だが、振り返ったのと同時に、突き出した拳を胸に受けて島田の巨躯が吹き飛んだ。
 柱にたたきつけられたまま動かない彼に駆け寄ろうと千鶴は立ち上がる。


「島田さん!?」

「君はこちらです。一緒に来てもらいましょうか」


 赤い髪の、得物を持たない、素手での戦いを得意とするその人物――天霧は、強い力で千鶴の腕を引っ張った。


「私としては、このようなこと本意ではありませんが……これ以上あれの遊びが過ぎるのも問題でしてね」


 そのまま抱え上げられ、抗うこともできない。島田は無事なのか。他のみんなはどうしているのか。
 剣戟の音が遠く聞こえる中、千鶴は天霧に抱えられたまま裏口を出る。

 距離はあるが、大声を出せば土方たちが気づくかもしれない。そんなことを考えたとき、千鶴の考えを読んだように天霧が口を開いた。


「大人しくしていてください。そうすれば、もう誰も傷つけずに済みます。――我々の目的は君の保護であって、誰かを傷つけることではないのですから」


 風間の態度からは全くそんなことは見て取れないが、少なくとも天霧はそう考えているのだろう。がっしりと抑えられていて逃げ出す隙はできず、保護という風情ではない。
 戦闘の音を背景に、天霧は薄暗い路地を歩きながら小さく息をついた。


「悠姫様がいらっしゃったのであれば、こちらも斯様なことはできなかったでしょうがね」

「悠姫……?」

「現在の霞原一族の頭領である方です。あなたもよくご存知のはず」


 霞原、という姓を聞いて、名を聞かずともそれが誰かを察する。牡丹から姫と呼ばれていたことからも考えれば、すぐに理解できた。


「どうして、悠日ちゃんが……」

「我々鬼は、本気を出されたあの方には敵いません。いえ、本気でなくとも、あの方がその気になれば近づくこともままならないでしょう。……霞原は、鬼の一族の中で唯一、鬼を制する力を持つ一族ですから」


 記憶を封じていた間はその力を使う意思はなかったようだが、すべての記憶を取り戻し名実ともに頭領となってからは、その力も万全の状態のようだった。
 そんなことを告げた天霧の言に、千鶴は理解できない様子で首を傾げた。


「鬼を、制する……?」

「言葉通りの意味です。風間がこれまで、容易にあなたへ近づけなかったのはそのせいでもあります。二条城のときも然り。あの方は、その存在だけで、鬼を牽制できてしまう」


 鬼であって鬼の敵となりうる存在が、霞原だ。
 二条城、と聞いて、その時悠日はいなかったはずでは、と千鶴は眉を寄せる。

 だが、あの時やって来た人物――悠日の薙刀と同じものだろう得物を手にした、顔を隠していた人物のことを思い出した。
 あの薙刀が放っていた光はそもそもその薙刀からは見受けられなかったし、衣の奥から見えた髪の色やその瞳の色も、普段の悠日と結びつくものではない。
 それでも、それが悠日だったのだと理解するのに時間はかからなかった。


「あれは……悠日ちゃんだったんだ……」


 彼女自身が何か言うわけではないし、そう言った疑念を持つことすらなかった。
 ただ、新選組の面々が来る前に立ち去ったことから考えて、彼らからはその疑念を持たれる可能性を分かっていたのかもしれない。

 いなくなった悠日を敵と認識したことから考えれば何となく分かることでもある。


「ですが、あの方も今はこちらへはいらっしゃらないご様子。だからこそ、そんな時を狙わせていただいたのです」


 これまで、悠日にまで守られていたという事実に、千鶴は驚きを隠せない。
 大人しくて、どこか不思議な何かを感じる時もあったが、それでも彼女は確かに千鶴にとって仲のいい友人の女の子で、一緒に暮らしてきた仲間でもあった。
 そんな衝撃に、自分がさらわれている最中なのだと、少しの間忘れてしまっていた。

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