第十二花 十五夜草

 事態がひとまず落ち着いたことを見計らって、お千は後ろに悠日を抱えた状態の牡丹を控えさせた。
 毅然とした面持ちのお千に、悠日へ視線を向けながら土方が尋ねた。


「……そいつは、お前の仲間か?」

「ええ。……あまり、人とは関わらせたくはなかったのですが、状況も状況でしたしね。いつぞやにこの子が八瀬に来たことがありましたが、その時八瀬に呼んだのは、私です」


 そのお千の言葉に、新選組の面々が傍らに置いた刀へと手をやる。
 それに反応してお菊もまた緊張した面持ちで軽く腰を浮かせたが、それを抑えたのはお千だった。


「私は何も、あなた方に危害を加えたくて来たわけではありません。この子が――悠日がこんな近くにいること自体、私は知らなかったですし」


 小さく息をつき肩越しに悠日を振り返るお千の視線の先を、新選組の面々も殺気めいた瞳で見つめている。近づきたくても近づけない沖田と千鶴のそれは悠日の容体を心配するもので、そんな正反対の反応にお千は少し呆れた様子で再び面々へと視線を向けた。


「昔と違って、人との関わりが少なかったからでしょうね。人の間でうまく立ち回るだけの機転が利くような子じゃないから、こんなことになるんでしょうけど……。悠日のこともありますが、とりあえず私がここに来たいきさつから話しましょうか」


 牡丹が助けを乞う前に話そうとしていた事柄へ話を戻そうとしたお千の言葉を遮ったのは、眉間に深いしわをこさえた土方だった。


「俺たちは、霞原のことを信用しているわけじゃねぇ。――話が通じないとは思わねぇのか?」

「信じる信じないはそちらの勝手ですが、その【事実】がある以上、納得してもらうほかないので。それに、悠日だけじゃなく千鶴ちゃんもその【事実】に含まれていますしね。――悠日のことは信用できなくても、千鶴ちゃんのことは信用できるでしょう?」


 心の底からのものでないことは事実でも、悠日と関わり深かった千鶴が今もこうして新選組にいられている事実がそれを物語っている。
 そんなお千の言葉を聞いて、土方は諦めたようにため息をついた。


「で、その【事実】ってのは何なんだ?」

「あなた方は、風間をご存知ですよね? これまでにも何度か刃を交えていると聞いていますが」

「……なんでそれを知ってる? そんなことはこの内部の者しか知らねぇことのはずだろ?」

「この京で起きていることは、大体耳に入ってきますから。――私だけじゃなく、悠日もそうでしたが」


 土方の言葉にうろたえることなく、お千は毅然とした態度で問いに答えた。
 八瀬も霞原も、どちらも都に深く関わる鬼の一族だ。それゆえに、この都のことはたいてい知らされる。
 そんなお千の言葉に、永倉が警戒を隠す様子もなく口を開いた。


「なるほどな……。てことはお前たちもそいつらも、あの風間とかと同じ胡散臭い連中とお仲間ってことか」

「……あれと仲間と言われるのは正直なところ心外以外の何物でもないが」


 かなりの数の苦虫を噛み締めたような表情でそう呟いた牡丹の言葉に、お千はなんとも複雑な面持ちで笑みを浮かべた。


「まあ、私としてもあれらと一緒にされるのは困るというか……心外なのは、牡丹の言う通りかしらね。とはいえ、大きく解釈するのであれば間違いではないのも事実です」

「あいつは、一度や二度じゃねぇくらい俺たちの前に現れてる。薩長の仲間なのは間違いねぇんだろ?」

「と言っても、別に目的があるみたいだったけどね。積極的にお仲間してるって感じでもなかったし」


 原田と沖田の言葉は、薩長側の味方と断定してよいのかどうか、そんな感情が垣間見えるものだった。
 だが、彼らの中で確定している事実もある。それを口にしたのは土方だ。


「なんにせよ、新選組の敵であることに変わりはねぇ」

「それでは、あれの狙いが千鶴ちゃんであることは?」

「そのことについても承知している。……彼らは、自らを『鬼』と名乗っていたが……」


 お千の言葉に肯定を示した近藤の言葉は、ふと口にした単語から【それ】に気づき途切れた。

 つい先ほど、『鬼』という言葉を耳にしたことを思い出して、新選組の面々全員の視線が力なく目を閉じる悠日へと集まった。
 鬼の存在を信じていたわけではない。だが、先ほど悠日が見せた姿は、人の伝承として語り継がれてきた鬼の姿に酷似していた。


「……そこにいる霞原君の姿のことも含め、信じるしかないのでしょうね。事実、風間だけでなく天霧、不知火と名乗った者たちもまた、人間離れした使い手だったことに間違いはないのですから」


 それは、山南だけでなく新選組の面々全員の思いでもあった。対峙したことのある者たちは、悔しいがそれを認めざるを得ない。


「彼らだけではありません。もちろん、悠日だけの話でもない。――この私も、鬼なのですから。お千と名乗りはしましたが、本来の名は千姫と申します」


 そのまま優雅に一礼したお千を、千鶴はまだどこか信じられないといった面持ちで見つめる。彼女はただの少女だと思っていたのだから、それも仕方がないだろう。
 お千――千姫に続くように、その隣に座した菊が自身の出自を口にする。


「私は、千姫様に代々お仕えさせて頂いている忍の家の者でございます」

「なるほどな。随分と愛想がいいとは思っちゃいたが、目的は新選組の情報を仕入れることか」

「さて、何のことにございましょうか?」


 明らかに何か知った様子ではあるのに、土方の鋭い視線にもひるまず菊はニコリと微笑んで首を傾げるだけだ。


「え、土方さん、知り合いなのか!?」

「新八、よく見てみろ。島原にいた君菊さんだよ。服装も髪型も違っちゃいるが、顔は同じだろ」

「まじかよ……」


 確かめるようにまじまじと見つめる新八の視線をものともせず、菊は微笑んだままだ。
 そんな菊から、千姫は後ろにいる悠日と牡丹へと視線を移す。


「そして悠日は、私の一族の眷属にあたる、宇治の鬼。牡丹は代々悠日の一族を守る忍びの一族です。私の一族との関わりも深いので、この子たちに関しては私の仲間と認識していただいて構いません」

「鬼ってのは、随分といるんだな」

「昔よりはずっと数を減らしてはいますが、鬼は古くからこの国に存在しています。宮中の公家や幕府、諸藩の上位の立場の者たちも知っていたことです」

「……だから、それ以外の人間には伝説としてしか理解されてなかったってことか?」

「ええ。ほとんどの鬼たちは、人と関わることなく静かに暮らすことを望んでいますから。ですが、それをそっとしておくような人ばかりではないこともよくお分かりでしょう」


 そんな人ばかりでないことは承知しているが、それでも鬼にとってそれに該当する人間が最も忌むべき存在だった。


「鬼の力は強大です。それをよく知る時の権力者は、力を貸すように何度となく求めました」

「……鬼たちは、それを受け入れたんですか?」

「もちろん、多くの者は拒みました。人同士の諍いに自分たちが力を貸す理由はないのですから。ですがそれを断れば、今度脅かされるのはこちら側です。鬼でも対抗できないほどの圧倒的な兵を向けられ、ひどい場合には村一つが滅びました。それも、二度や三度のことではありません」

「ひどい……」


 その光景を想像して、千鶴が口元を覆ってそう呟いた。想像を絶するだろうそれは、きっとたくさんの鬼を屠ったのだろう。言葉にするのはずっと簡単なそれは、鬼にとってはただの脅威でしかない。


「そんなことが続けば、鬼は一つの場所に固まることもできず、ましてや人に近しい場所で生活することすらできなくなる。次第に散り散りになって、人を避け隠れて暮らすようになったのです」

「その滅びたっていう例が、そこにいる霞原の一族ってか?」

「……なぜそれを?」


 土方の言葉を受けて、千姫は眉をひそめ新選組の面々を見つめる。菊の瞳も剣呑なものへと変化した。
 鬼の一族の栄枯盛衰は、彼らのような下級も下級の面々に知らされるような事柄ではない。霞原に関してはそれ以上だ。それが分かっているからこそ、二人の警戒は鬼としては当然の反応だった。


「霞原自身が言ったんだよ。一族は、そいつとそこにいる牡丹以外滅んだ、ってな」

「そう……」


 それを聞いてどこかホッとした風情で息をついた千姫に、今度は土方が厳しい表情で問う番だった。


「霞原の件に関しては、随分とピリピリしてんじゃねぇか。……何を隠してる?」

「それに関して、あなた方に言う必要性はありません。……ただでさえ、霞原の存在は広く知られていなかったんですから」

「どういう意味だ?」

「霞原の一族の存在は、鬼の一族の中でもかなり例外的なものでした。本来であれば、時の帝以外、その存在を知る者はいないはずだったのですから。……それだけ言えば、あなた方とて深く追及はできないでしょう?」


 とはいえ、それがなぜかを彼らが知るのは時間の問題だ。すべてが知られる前に彼らから引き離さなければならない。
 何があったのかは知らないが、いつのまにか幕府の者だけでなくその関係者にもその存在が知られている。ここはその幕府の関係者の集まりだ。これ以上、悠日を人の世に置いておくわけにはいかない。

 そんなことを考えて土方たちを毅然と見つめる千姫に、土方たちも根負けした様子で息をつく。

 帝が関係するとすれば、それはかなりの機密であることを示している。一般庶民である自分たちが知る必要は――というよりも、知ってはならない部分であることは彼らも理解できるのだ。
 長州だ薩摩だという話ではない次元の話で、自分達が無理に首を突っ込める話でもない。それを察して、彼らは悠日の一族に関してのそれ以上の追及はやめることにした。

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