第一花 野荊
出来上がった髪形を見て、藤堂はどこか納得できないような表情をした。
「……それもそれで女にも見えるんじゃねーの?」
「平助、文句があるなら今まで出なかった髪型、君が考えなよ」
「いいよなその髪型!」
前言撤回、沖田に賛成した平助に、面々は思わず苦笑した。
それ以上考えが出ないのに、押し付けられてはたまらないと思ったのだろう。
「悠日はどうなんだ? 気に食わねえなら……」
「いえ、私はこれで構いません」
原田の確認ににっこり笑った悠日は、そのまま沖田に目を向けた。
「ありがとうございます」
「いいよ、別にお礼言われるようなことじゃないし」
じゃあね、と後ろ手に手を振って沖田が部屋を出ていった。
何をしに来たのかよく分からないが、若干もめていた事項が解決したので我知らずほっと息をつく悠日である。
「それにしてもさ、さりげなく総司の髪型に似てるのは俺の気のせい?」
「そこは突っ込むな、平助。細かいこと気にしてると、どんな髪型になるか分かったもんじゃねぇだろう」
「あいつならやりかねねーしな!」
三人で笑い合うのを見て、悠日と千鶴はそうかなぁと首を傾げた。
「じゃ、ま、お前ら二人、ここで大人しくしててくれよ」
「そんじゃな!」
そう言って原田、藤堂、永倉も部屋を出ていく。
落ち着いた部屋の中で、千鶴と悠日はほぅ、と息をつく。
「一気に騒がしくなったと思ったら、一気に静かになっちゃったね……」
「うん。……皆さん、いつもあんな感じなの?」
「そう、だね。私もここにきてからまだ一月たってないから、あんまり詳しいことは分からないんだけど……」
そう、と悠日は目を伏せた。
ならば、彼女も自分と大して変わらないのだろう。疑われているもののまだ丁重に扱ってもらえるだけ、自分たちは幸せなのかもしれない。
「あ、そうだ。もし、記憶のこととかで何か手伝えるなら言ってね。出来ることなら、私やるから」
「ありがとう。…千鶴ちゃんが覚えていても、私が覚えていないんじゃ思い出話も出来ないし……。それが私ももどかしいね」
記憶があれば、昔のことで話に花が咲くのに、今はそれすら出来ない。
特に話すこともない気がして、沈黙が続く。
それがなんだか重くて、ふと思い付いたように悠日が千鶴に尋ねた。
「ね、千鶴ちゃんは、どこから来たの?」
彼女も自分と似たような感じでここにいるのだという。こうどう、という人と関わりがあるようだったが、自分はよく分からない。
彼女の話によると、悠日も『こうどう』という人とも関わりがあるとの事だったが、それ以上のことは知らないのだ。
「私は江戸から……って、江戸がどこかは分かる?」
どこまでの記憶喪失なのか分からないので、気を使ってそう訊く千鶴に、悠日は微笑んだ。
「あ、うん。そういうことなら。江戸は、幕府がある、将軍のお膝元でしょう?」
「うん。ちなみに、悠日ちゃんは京から来たって言ってたから、少なくとも八年前は京に住んでたはずだよ」
また新たな自分のことを知って、悠日はどこか他人事のようにそう、と呟いた。
どうにも現実味が帯びない。自分が話題になっているのに、なんだか不思議な気分になる。そんなことを考えながら、少し自嘲気味に悠日は笑った。
「そう考えると、分からないのは自分に関することだけみたい。藤堂さんが言うように、勝手なものね……」
「でも、それならそれでいいと思うな。日常生活に支障はないってことだもの」
ね、と微笑む千鶴に、どこか泣きそうな顔で悠日は頷いた。
彼女の優しさがとても嬉しい。
「うん……ありがとう」
「ううん。あ、それでね、私の父が雪村綱道っていう蘭方医で、この新選組と関わりがあったらしくて……」
少し千鶴の顔が曇った。
「私は京に行くとしか聞いてなくて……。三日と置かず文を送ってくれてたのが、急に来なくなって……」
「え、じゃあもしかして、千鶴ちゃんが京に来たのって……」
「うん。さすがにひと月来ないのはおかしいと思って、京まで旅して来たの。でも、頼るつもりだった知り合いの人も不在で……。そのあとは悠日ちゃんとそう変わらないと思うよ」
あえて最後濁したのは、言うとまずいからだろう。
たぶんあの赤い瞳と白い髪の人に関わることなのだ。
先ほどの新選組の面々の反応を見るに、知ってはならないことだったのだと分かる。
「千鶴ちゃんも、大変だったのね……」
それ以外に言いようがなく、悠日は少しつらそうに眉を寄せる。
千鶴も、まるで悠日につられたようにただ苦笑するのだった。