第十一花 野春菊

 羅刹の力が暴走することなく、それでも以前とは雰囲気の違ってしまっている山南の様子をうかがいながらの生活をしていると、気が付けば年の瀬に近づいていた。

 寒さも厳しくなっている。ほうきを持つかじかむ手を温めるように息を吹きかけていると、不意に強い風が吹いた。
 風にあおられた葉のない枝が音を立てて揺れる。


「……何用?」


 誰もいない場所へ向かってそうたずねる悠日に、傍らにいた牡丹が眉を寄せた。
 しばらくしても、誰かが姿を見せる様子はない。

 だが、それをいぶかしむ様子もなく、強い風にあおられる髪を抑えながら、悠日はじっと誰かがいる様子もない場所を見つめていた。


「……姫? どうされました」

「姫様からのお呼び出しみたいなものね……。つい先日、幕府の新将軍が就任したばかりだというのに……」


 厄介だこと、と小さく呟くそれからなんとなく内容を察した牡丹が、そうですかと頭を垂れた。


「帳が下りたのちに」

「承りました」


 直接の表現でないそれが何かを理解し、牡丹がその場から姿を消す。
 集まった葉を隅へ追いやると、悠日は目を閉じた。

 随分と珍しい案件での呼び出しだ。しかも呼び出された先は、その現地。
 これが、おそらく初めての『仕事』になるのだろう。守るべき一族もおらず、帰る場所もない自分に残された数少ない仕事。

 小さく息をついて目を開ける。西本願寺から更に北を見つめ、悠日は目を細めた。


「悠日ちゃん、何してるの?」

「沖田さん」


 後ろから声をかけられ、悠日はその声の主が誰か分かったうえで振り返った。
 いつものようにその名を呼ぶと、彼はとても不機嫌そうな顔で悠日の顔を覗き込んでくる。


「違うよね? 今周りに誰もいないよ?」

「……それでも、部屋にいるならともかく、誰の目があるか分からないような場所で……」

「悠ちゃん?」


 後ろから抱きしめられ、耳元で昔の呼称を囁かれる。
 そんな沖田の行動にそろそろ慣れ始めていて、大きな反応を見せる様子のない悠日に残念そうな様子の沖田を知りながら、彼の求めている言葉を口にした。


「……総司さん」

「うん。……それで、難しい顔してどうしたのさ。なにかあった?」


 満足そうに微笑みながらも、彼が悠日を抱きしめる腕を緩める様子はない。
 抗うことなくされるままになることにして、悠日は再び目を伏せた。
 この寒い季節に背中のぬくもりが心地よいと思うのはきっと、そこにいるのが彼だからなのだろう。


「少し、風に不穏なものを感じただけですよ。……と言っても、それが何か把握できているわけでもないですけど」

「悠日ちゃんって、たまに何言いたいのか分からない時あるよね」

「そうですか? ……まあ、私自身もどう言っていいものやら……説明がうまくできていないのも事実ですが」


 ほうきを手にしたままじっと北方を見つめる悠日の様子に眉を寄せながら、沖田は悠日の体に回した腕の力を少し強くした。
 少し苦しくなるが、辛いわけでもない。どうしたものかと思うものの、抗いたいと思わない自分に内心苦笑いを浮かべる。


「総司さんこそ、どうされたんですか? 今日非番だっていうのは伺ってますけど……」

「悠日ちゃんどうしてるかなって思ってさ。暇だったし」

「それなら体をゆっくり休めてください。たまに咳き込んでらっしゃるの、知らないとでもお思いですか?」

「風邪がしつこいだけだから、気にしなくても大丈夫だよ。冬だしねぇ、引いてもおかしくないでしょ?」


 労咳が少しずつ悪化しているのは、悠日も分かっていた。それでも何もできないのは、彼を巻き込みたく無いからだ。
 牡丹が悠日に、沖田の体のことを話しているだろうと知っているはずだ。だが、どこに誰がいるか分からないからとこうしてはぐらかす。
 無理をしても辛いだけだろうにと思うものの、それが正論なのも事実だ。


「だからこそです。そんな薄着でうろうろしていれば風邪も引きます。……ご自分の体を、もっと大事にしてください」

「なら、悠日ちゃん温めてくれる?」


 首筋に顔を埋められ、悠日は流石に抗いを見せる。だが彼が逃がしてくれるはずもなく、悠日は抗議の声を上げた。


「総司さん! ……あとで炭持って総司さんの部屋行きますから、火鉢に当たっててください。それが一番効果的ですよ」

「つれないなぁ」


 そんなことを残念そうな表情で口にしながらも、沖田は肩をすくめた。悠日の言い分も理解している様子なので、諦めはしたらしい。
 顔を上げながらも悠日を離す様子のない沖田にため息をつく。


「……総司さん」

「うん、どうかした?」

「……いえ、ちゃんと部屋に戻っててくださいね。お話くらいなら聞いて差し上げますから」

「なに、一緒にいてくれるの?」


 少し嬉しそうにしながらもからかうようにそういう沖田を、悠日は半眼にした目を向けながら見上げた。


「嫌ならそそくさと自分の部屋に戻りますよ」

「嫌だなんて言うわけ無いでしょ。悠日ちゃんこそ、ちゃんと来てよ」


 来ないと容赦しないから、という沖田の言葉に苦笑しながら、悠日はそれに頷く。


「そういうことなので、まずは早く部屋に戻ってください。体冷えて悪化したら大変なんですから」

「分かったよ。……悠日ちゃん」

「ちゃんと行きますから、心配しないでください」


 だからこの腕離してくださいと言う悠日に、沖田はかなり残念そうな様子をしながらもそれに応じた。
 どうせ部屋に行けばあんかの代わりに膝上で抱えられるのだろうことは目に見えている。ああまた牡丹が怒るだろうな、などと思いながらも、悠日はどこか寂しそうな表情を見せた。

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