第十一花 野春菊
それ以降接触という接触はなかった。それがせめてもの救いだろうかと考えて、悠日は小さく息をつく。
あの後水茶屋で合流できた沖田とは当り障りのない会話をし、何かあったことを言及されることなく済んだが、それでも何度か怪訝そうな瞳を向けられて内心冷や汗をかいていたのだ。
『人』の関われぬ話に彼を巻き込むわけにもいかず、悠日はその視線に気づかぬふりを終始貫き通した。牡丹もまた同様であるが、もともと牡丹はそういうことには長けているため、あまり不審がられることはなかった。
そうして、今に至っている。
「今は、皆さんと出かけてらっしゃるから、こうやって牡丹と話すことはできるけど……」
「あれ以来、結構べったりですからね、あいつ」
まるで離れることを察するかのように、それこそ寝る直前くらいまで傍にいる時がある。巡察について行くわけにもいかないが、その間は逆に雑用を回されてしまってなかなかほっとする暇もないのだ。
今は、久々にできた合間の時間、といったところか。
「そういえば、三条の制札の件、彼も一枚か二枚噛んでいるんでしょう?」
「犯人の出自が出自ですしね。ただ……」
「ただ?」
「……あの方が、わざわざそのためだけに上洛したとは考えられませんので」
「確かに、それはないでしょうね。少なくとも彼がここに来た動機なんて、その土佐藩士たちに顔向けできるようなものではないでしょう、きっと」
そして、彼がそのことを何とも思っていないだろうことも容易に想像がついた。
小さく息をつくと、部屋の前に人の気配を感じ、悠日は口を閉じて様子をうかがう。
だが、襖が開いてその人物が誰かはすぐ分かったので、悠日は苦笑しながらその影に声をかけた。
「千鶴ちゃん、どうかした?」
「そろそろお夕飯にしようかと思ったんだけど、いいかな?」
「皆さん島原に行っちゃったものね……。そうしましょうか」
三条制札の件の報奨金が出たということで、幹部の面々は島原へ行ってしまったのだ。
別に一緒について行きたかったとかそういうわけではないが、今日はいつも食事を一緒に取る面々がいないので少し物寂しい夕飯になりそうだ。
そんなことを考えながら、悠日は立ち上がって牡丹と千鶴と共に勝手場へと向かった。