第一花 野荊

 詮議がお開きになった後、悠日は部屋に案内された。そこは今千鶴の部屋として使っている部屋だった。


「お前の部屋はここ。流石に一人一部屋は無理だから、女同士だし千鶴と二人で使ってくれってさ。あ、分からないことがあれば訊けよ?」


 親切なのかそれとも単に監視のためなのか、部屋まで案内してくれた藤堂に礼を言うと、悠日と千鶴は部屋に入った。
 二人が部屋に入ったのを見ると、藤堂は障子を閉めて去っていく。


 特に物もなくこざっぱりとした部屋だが、そのため二人が布団を並べる余裕は十分ある。
 そんなことを考えながら畳の上に座り、互いに向き合った。

 沈黙が重い。
 どう切り出したものかと思い、悠日はとりあえず挨拶でも、と口を開いた。


「えっと……雪村さん……でしたよね?」

「うん。あ、別に名前で呼んでくれていいよ。前に会ったときもそれで呼び合ってたから」

「じゃあ、千鶴……ちゃん? でいい?」


 それに千鶴はうん、と頷いた。どこか嬉しそうな様子に、悠日も自然と笑顔になる。


「私も悠日ちゃんって呼ぶね。これからよろしくお願いします」

「あ、こちらこそ、よろしくお願いします。それと……ありがとう」


 悠日は千鶴にそう微笑んだ。逆に急に礼を言われた千鶴は、その理由が分からず首を傾げる。
 それが分かっていたので、悠日は苦笑しながらその理由を話す。


「私、本当に何も覚えてなくて……少し、安心したから」

「安心?」

「うん。……私のこと知ってる人がいたから……自分でも自分のこと知らない分、余計に……」


 何も分からないのが怖い。その中で自分を知っている人がいるというのは、とても安心出来るものだった。


 自分は知らなくて他人は知っている自分のこと、というのは少し複雑ではあるが。


「少しずつ、思い出していけたならいいけど……」


 戻るという保証はないから、どうしようもないのだが、かといって戻す方法も分からない。
 山南が言うには、いつか戻るかもしれないし一生戻らないかもしれない、とのことだった。

 それでも、思い出せないと決まったわけではないから、やはり思い出していきたいと思うのだ。


「そうだね。……とりあえず、着替えよう? その恰好のままでいるときに平隊士の人に見つかるのもまずいし。慣れれば、特に問題はないと思うけど……」


 確かに、女の恰好のままこの男所帯にいるのはまずい。

 千鶴が差し出したのは、先程彼女が土方から受け取っていた男装一式だった。着物は薄い朱色、袴は臙脂[えんじ]色である。


「何も分からなくて事情も怪しいのに保護してもらえるのだもの、私も文句は言えないものね……」


 そう苦笑して、悠日は千鶴に手伝ってもらいながら着替えはじめた。



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