第十花 赤酸漿

 場を離れながら、土方達は千鶴周りを飛ぶ光に眉を寄せた。

 風間と相対している間、刃のような鋭さを醸し出していたそれは、すでに沈静化し、千鶴を守るようにふわりふわりと優しく飛び回っている。

 風間と相対しているときは意識が風間に向いていた上、闇夜に溶けてしまいそうなその色は分かりにくく、気にすることはなかった。しかし、すべてが落ち着いた今、土方達が気にするのは道理だろう。


「千鶴、それは何だ?」

「それが……私にもよく分からないんです。ただ……」


 手を差し出せば、その上に光が降り立つ。淡く光るそれは光だけ見れば蛍のようだが、よくよく見れば、それは光を放つ小さな珠だった。

 ゆっくりと点滅するその光は、なぜか心を落ち着かせてくれるような雰囲気をまとっている。


「ただ、なんだ?」

「さっき、風間さんに迫られたときに、助けてくれた方のものみたいで……」

「助けた? ……俺たちが来た時にはそんな奴いなかっただろうが」

「皆さんが来る前にどこかに行ってしまったので……」


 少しだけ申し訳なさそうに、土方の問いに答える千鶴は、手のひらの上の光をじっと見つめる。

 きちんと礼を言いたくとも、それが誰か分からなければ無理な話だ。
 それに、この蛍のようなものを返す術すら分からないのだ。

 そう思って千鶴がため息をついたのと同時に、その光がふわりと宙に舞った。
 そしてそのまま、空高く舞い上がる。

 あっという間もなく、光が姿を消す。藍色の空に消えていく。

 少しだけ寂しそうな表情をした千鶴に、原田が尋ねた。


「千鶴、そのお前を助けたとかいうやつは、知り合いじゃないのか?」

「あ、はい。……それに、知り合いならわざわざあんな格好してくる必要は……」


 ないと思う。そう言おうとして、千鶴は口をつぐんだ。
 逆に、知り合いだからこそ知られたくない事実もあったりするのだろうか。

 あるだろう。誰しも、知られたくないことの一つや二つ持っている。
 自分のこの、傷がすぐ治る体質のように……。


「なら、名前も分からねぇんだな」


 思考の海に沈み込みそうになった千鶴は、土方の問いかけにはっと顔を上げた。
 質問は聞き取れていたので、それに慌てて答える。


「えっと……名前なら……多分、本名じゃないんでしょうが、風間って人が……宇治の橋姫って呼んでました」


 どう考えても本名ではなく別の呼称だろうと、その場にいる誰もが思った。
 宇治。――それで思いついた人物は、一人。

 しかし、あの光に心当たりはない。しかも、布の影から見えた髪はどう見ても白に近い色をしていたのだ。違う可能性のほうが高い。
 そう踏んだ土方と斎藤とは反対に、原田は眉を寄せた。


 心当たりならないわけではない。そして、あの光もまた、あの時に見た光に酷似している。


 しかし、それがそうと決まったわけではない。第一、屯所からここへ来ることはそう容易ではないのだ。出たのだとすれば誰かしら見つけるだろう。

 悠日自身にも、それこそ沖田にも告げてはいないが、悠日には監視がついているのだ。部屋から出ようものならすぐに見つかるし、屯所を出るのであればなおさらだ。

 それは、先日の悠日の行動を怪訝に思って、原田が進言したのが始まりだったりする。

 といっても、何かあってからでは遅いから、今はまだ監視をつけておいたほうがいいのではないか、ということを言っただけなのだが。悠日に起きた変化は、自分の見間違いではないかと思うほど一瞬のものだったので、まだ言うべきではないかと思って黙っている。

 もちろん、悠日への疑心は晴れていない。それは悠日自身も分かっているだろう。
 だから、土方も監察方に動向の監視を頼んだ。そしてそれは今も続行中である。
 彼女を疑いたくはないが、それでもあの変貌は『羅刹なのではないか』との疑いを持たざるを得なくなってくる。

 沖田に言えばひどく反発することは分かっていたから、彼はこのことを知らない。うすうす感づいている可能性はあるが、何も言ってこない辺り、まだ疑っているのかと呆れて黙っているのか、気づいていないかのどちらかだろう。

 なんにせよ、もしあれが悠日なら、報告なりなんなりが入るだろうな。
 そう思って、彼は今の仕事へと思考を戻したのだった。


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