第一花 野荊

「あ、あの……」

「なんだ、どうした?」


 恐る恐る手を挙げた千鶴に、土方が言えと遠回しに促す。厳しい視線に緊張しながら、千鶴は少し上目遣いで面々に告げた。


「……私、彼女に会ったことあります」


 その言葉には、幹部の面々だけでなく悠日本人もびっくりしたように目を見開いた。

 ――自分を、知っている人がいる?


「名前、霞原悠日って言うんだよね?」


 それだけはしっかり分かっている悠日は、それにはっきり頷いた。

 だが、名前だけでその本人か分かるものなのか。

 そんな疑問が面々の表情に現れている。


「さっきから、何となくそんな気はしてたんですけど……名前を聞くまでは確証がなくて……」


 すいません、と謝る千鶴に、面々はどう判断したものか眉をひそめた。だが、そんな彼らをものともせず、沖田が直球で千鶴に返す。


「でもそれ、本当なの? この子をただ庇ってるだけのつもりなら無駄だよ、千鶴ちゃん」

「ほ、本当です! 父様が、しばらくうちに滞在することになった子だから仲良くしなさいって……。八年くらい前の話ですけど……」


 あわてたような風情で千鶴はそう言った。ある意味では疑われそうなものだが、千鶴には隠し事の気配は見受けられない。


「でも何の証拠もないだろ? 八年も前じゃ面差しも変わってる可能性があるし、同姓同名の別人って可能性もある。ま、そんなことはそうそうねえが、ありえないことはないだろ?」


 原田の言葉にうっ、とつまった千鶴は、どうしよう、と目をうろうろとさ迷わせる。

 悠日は悠日で、これから先自分がどうなるのかと心配そうに目を伏せた。

 知っている人がいたと分かったと思った矢先にそう言われては、こちらもどうしようもない。
 本当に何も覚えていないのだから。


「あ、そういえば……」


 何かを思い出したのか、千鶴が再び顔をあげて悠日を見た。


「あの、首飾りって、今着けてる?」

「え?」

「えっと……青い小さな玉が沢山連なってて、三つだけひときわ大きな水晶がある……」


 自分でも思い当たらないことに悠日は首を傾げた。
 そんなものを、自分は持っていただろうか? と思いながら、困惑の表情を浮かべる。


「で、持ってんの? 持ってねーの?」


 藤堂の問いに、悠日は胸元に意識を向けた。

 ………あれ?


 今まで意識していなかったのか、今更になってその存在を感じる。
 首から、何かかけてある。
 硬い、石のような……。

 そう首を傾げながらすっと襟元からそれを出してみる。


「……これ、ですか…?」

「そう、それ!」


 千鶴が嬉しそうに声をあげた。

 小さな青い玉の連なりのうち、胸元に来るだろう部分に少し大きめの透明な玉が三つ、間隔をあけて通っていた。瑠璃と玻璃でできているようだ。

 本当に持っていたことに驚き、悠日は呆然とそれを見つめる。


「……すげ……ばっちり合ってる…」

「どうして持ってるって分かったんだ、千鶴?」


 藤堂の感嘆の声に続いて問う原田に、ほっとした風情で千鶴は答えた。


「八年前、その首飾りを見せてくれたんです。とても大切なものだから肌身離さず持っているように父様と母様から言われた、って」


 記憶のない悠日には全く分からない。本当に千鶴に会ったことがあるのかさえ分からないから話を聞いているしかない。
 自分のことを客観的に見ている風情なのが、なんとも複雑だ。

 ただ、悠日はこれがとても大切なものだということを何となく感じた。

 手放しては駄目なものだと、自分の中の何かがそう言っているような感覚だ。


「ったく……綱道さんの娘の次は知り合いか……」


 しかもその綱道の娘は、おそらくその知り合いであるこの娘と仲が良かったのだろうことが千鶴の話ぶりから窺える。

 ぞんざいな扱いをするわけにはいかなくなった。


「仕方ねぇ……おい、悠日」

「は、はい……」


 唐突に声をかけられ、悠日は不安げな表情で土方に身を向ける


「そこの千鶴同様、お前の身柄も保護してやる。ただし――例のことを吹聴するようなそぶりがあれば即斬る。そのことを覚えておけ。近藤さん、それでいいか?」


 自分だけで決めるわけにもいかないので、土方は近藤を顧みる。


「トシが決めたことなら俺は何も言わんよ。山南さんはどうだ?」

「私にも異存はありませんよ。それで、彼女の処遇はいかがなさるおつもりですか?」


 話がとんとんと決まっていくことに困惑しながら、悠日は不安そうに手をにぎりしめた。


 分からないことが多すぎて、自分自身がどうしたらいいのか分からない中、自分のことが決まっていく。

 それが少し怖いかった。


「…ゃん……悠日ちゃん、聞いてる?」


 声をかけられてはっとすると、目の前に沖田の顔があった。鼻と鼻が触れ合いそうな距離に、少し顔を赤くしならが思わず体を後ろに引く。


「きゃっ」

「うわ、ひどいなぁ、悲鳴あげるなんて」

「……すいません………」


 面白そうに笑う沖田を少しだけ睨みながら、悠日はすいません、ともう一度頭を下げた。


「とりあえず、お前もこいつと一緒に部屋でじっとしてろ。何もする必要はねぇ」

「……はい」

「それと、君にも男装してもらうことになる。窮屈かもしれんが、堪えてくれ」

「はい」


 土方と近藤との言葉にただ頷くしかなく、悠日は先行きの見えない今を憂いつつ、その場はお開きとなった。



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