第十花 赤酸漿
かがり火に照らされた幕府の城、二条城。
道中警護ののち城周辺の警護へと移った新選組の面々への伝令のため、千鶴は文字通り東奔西走していた。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
「ああ、分かった」
交代の時間だと告げ、それに応じた隊士が交代の隊士と顔を合わせてその場を引き継ぐ。
それを見届けて、千鶴は次、と身を翻した。
正直、伝令というよりも使い走りという面が濃い。
自身が役に立っているかどうかを不安に思いつつ、彼女は彼女にできることを精一杯こなそうと意気込んでいる。
「……今のところ、緊張した様子も見られないし、大丈夫なのかな」
もちろん、城の警護を任されているのは新選組だけではない。警護に当たる面々は膨大だ。
こんな状況で敵が入ってくるということはないだろう。
仮に入ってこようと思ったとしても、寸でのところで止められるはずだ。
ましてや真っ向から入ってくる面々などいるはずがない。
そんなことを思ってほっと息をついた瞬間、千鶴の背筋を氷塊が滑り降りた。
「……え…………?」
初めてではない、既視感を覚えるこの感覚。
殺気、というべきなのだろうか。いや、それよりももっと強い何か。
執着、ともいうべき視線。
どちらにせよ、あまり感じていい思いをするものではないものだ。
考えるより先に本能で、その視線の元を見ていた。
「…………人……?」
月の光もかがり火もさえぎる場所にある、三つの影。
その特徴的な風貌は、見覚えがあった。
赤い髪の者は、池田屋で藤堂の額の鉢金を割った人物――天霧九寿。
そして、金の髪の者は、禁門の辺の折、新選組の進行を妨げた人物――風間千景。
青い髪の者も、千鶴自身は見たことがないものの、風貌は聞いて知っていた。確か不知火匡という名だったか。
「……あなたたちは……!」
「気付いたか。……鈍い、というわけでもないようだな」
風間が不敵に笑う。
視線だけで圧されそうな中、千鶴は震えそうになるのをこらえながら口を開く。
「どうして、あなたたちがここにいるんですか……!?」
薩長とかかわりのある者。ここに気軽に入れるような存在ではない。
彼らが敵側だという認識のある千鶴には、これだけの警備の中入ってきた彼らがなぜここにいるのかというのが驚愕するもの以外のなにものでもなかった。
そんな千鶴の疑問に、不知火が怪訝そうに眉を寄せながら答える。
「ああ? 俺たち鬼に、人間の作った障壁なんざ意味をなさねぇよ。お前も知ってるだろ?」
「鬼……?」
鬼なんているはずない。
そんなことを考えながら、今度は千鶴が怪訝そうな顔をする。
この人たちは何を言っているのか。そんな表情から千鶴の考えを読み取ったのか、風間はかなり不機嫌な様子で眉をひそめる。
「その様子だと、鬼を知らぬのか? 我が同胞ともあろうものが」
「だから、さっきから何を言ってるんですか……? 鬼なんて……」
「……君にも心当たりはあるはずです。たとえば……並の人間よりもはるかに、けがの治りが早い、など」
子供に言い聞かせるような口調で尋ねる天霧の言葉に、千鶴は目を見張って唇を引き結んだ。
「そんな……ことは」
否定したい、でも、できない。
だって、それは事実だから。
小さなころから不思議だった体質。
気味悪がられて、それ以来傷をこさえたときにその傷口を人に見られたくなかった幼少期。正直、それは今でも変わらない。
天霧の出したたとえが当てはまってしまった――常人ではない事実が、とても重い。
「……まあ、なんにせよ、俺たちの目的は変わらん。――その小太刀と雪村の姓がすべて証拠となる」
風間の言葉を聞き、千鶴は思わず小太刀に触れた。
それに、雪村の姓がどうとか……姓が、なんだというのか。
訳が分からない展開に戸惑う千鶴をよそに、風間が地を蹴る。
ふわりとした動作で千鶴の前に降り立つと、彼は笑った。
月光を背にしたその表情は、彼の持つ威圧感ともいうべきものをさらに増長させる。
「お前を連れていくのに同意など必要ない。……女鬼は貴重だ、俺と共に来い」
そう風間が千鶴に手を伸ばしたのと同時に、どこからか光が舞い降りた。
敵意を持って降り立つそれは、風間に向かって一直線に降りてくる。
「――っ!」
光が風間の手に当たると同時に、ばちっと火花が散る。
そのせいで赤くなった手を抑えた風間が、千鶴から一歩離れた。
その隙を突くように、光は千鶴と風間の間に浮き、停滞している。
「これ……」
山南に首を絞められていた時に、まるで助けるように間に入ってくれた光。
あの時はまるで子供をなだめるような優しさが見受けられたそれは、今はかなりの攻撃的な意思に似たものをはらんでいる。
それが何によるものか分かっている風間は、忌々しげに塀の上へと視線を向ける。
「邪魔立てする気か、か……っ!」
殺気立ちながら風間が皆まで言う前に、二つ目の光が火花を散らす。
ふわりと降り立ったのは、藍の布を被った華奢な体。
――手にした薙刀は、紫の燐光を放っていた。