第十花 赤酸漿

 賛同してくれるとは思ってもいなかったらしく、沖田は苦笑して、そういえばと悠日に話を振った。


「ところで、さっき千鶴ちゃんと何の話してたの? 随分と深刻な顔してたよね?」


 唐突に振られた内容に、悠日は軽く目を見張った。
 確かに呼びに来たのは彼で、それを見られていてもおかしくはない。だが、そのことに触れられるのは少しドキリとする。

 千鶴にさえ話していないのだ。この人は彼女のようにごまかしがきく人間ではない。

 それが分かっているから、沖田に気取られないよう悠日は苦笑を返す。


「沖田さんの気のせいじゃないですか?」

「それにしては空気重かったよねぇ。君も千鶴ちゃんもなんか微妙な表情してたじゃない」


 ねえどうなの? と詰め寄る沖田に牡丹が眉を寄せたが、悠日は目だけで彼女が行動に移すのを止める。

 言ってはならない。あの件にこの人を関わらせるわけにはいかないのだ。

 ――巻き込みたくはない。

 彼が納得する理由。ふと閃いて、悠日は困った表情をしながら沖田を見上げた。


「あまり突き詰めてあげないでくださいね? 私も千鶴ちゃんには『気のせいじゃないか』って言いましたし」

「うん、わかった」


 にこにこと笑いながら続きを待つ沖田の表情を見て、本当に分かったのかと言いたそうに悠日は眉を寄せたが、沖田はそれを涼しく流してしまっている。
 とりあえず分かったのだろう、と自分に強引に納得させて、悠日は少しばかり沖田に対する罪悪感を覚えつつ口を開いた。


「……千鶴ちゃんの悩みを聞いていたんですけど……理由も何も分からなくて、結果的にああなってしまって……」

「千鶴ちゃんの悩み? あの子何か悩んでるんだ?」

「巡察から帰ってきてからどうにも様子がおかしかったので、尋ねたんです」


 嘘ではない。実際、彼女の悩みを聞いていたのだから。
 そして、その悩みの原因がなぜなのか分からなかったのも事実。

 だが、あの時空気が重かったのはそれ以外の――悠日自身の悩みのせいだ。
 それを言えば絶対に問い詰める。だから、言えない。

 そんな感情を押し隠してそう答えた悠日に、沖田はふうん、と何とも言えない返事をした。


「で、千鶴ちゃんの悩みの原因は?」

「今も屯所にいますよ。……自分から、任務には行かないと言った彼です」

「……ああ、平助ね。そんなに変かなぁ?」


 そう言いながらも、沖田はそれを分かっている風情で笑う。
 なんとなくそれを分かっている悠日は、大きく息をついた。

 もちろん、これを言ったところで彼が何かをしてくれるとは思っていないのでそれ以外反応しようがない。


「沖田さんは、何かご存じないですか?」

「何も知らないけど? ……まあ、何か真剣に考えてはいるみたいだけどね、どうしようもないこととか」

「たとえばどのような?」


 藤堂が何か悩んでいることくらいは悠日も千鶴もなんとなく分かっていたので、悠日も相槌を打つ。
 しかし、彼の悩みの根本は分からないのだ。もし知っているなら教えてほしい。

 そう思って尋ねれば、彼は大層不機嫌そうな表情をする。


「悠日ちゃん、そんなに平助のこと気になる?」

「千鶴ちゃん関連から、という意味では気になりますね」


 彼の言っている意味が分かっている悠日は、そこで素直に頷くだけということはしなかった。


「ちなみに、沖田さんが言っている意味の『気になる』と私の言っている意味での『気になる』は感情的な意味でも大いに違いますのでご安心を」

「……というより、その流れでその質問にもっていく沖田も沖田では?」


 横からの鋭い突っ込みをさらりと流し、沖田はいたずらが失敗して残念がっている子供のような表情をする。唇を尖らせて、かなり不服そうだ。

 もちろん彼としては素直に肯定だけをしてくれたならからかいがあったのだが、それはくじかれてしまったので、その表情の意味は分からないではない悠日だ。

 しかし、いつまでも遊ばれるほど、彼女も馬鹿ではない。


「それで、心当たりはありませんか? ありそうなら、千鶴ちゃんに伝えて少しでも安心させてあげたいんですが」

「そうだなぁ。……綱道さんの手掛かりが全くつかめなかったこととか? 江戸の千鶴ちゃんの家に行って、それも探してたみたいだし」

「……なるほど」


 確かにそれもあり得るかもしれない。
 彼が気にしていた、というのは千鶴からも聞いてはいたので、沖田の言葉を聞いて納得してしまう自分がいる。

 それにしてはかなり深刻そうだったが、これ以上踏み込んでも情報はないだろう。
 そんな心境で苦笑交じりに頷いた悠日に、沖田はふと疑問に思ったらしく、小さく首を傾げた。


「ていうか、平助と千鶴ちゃんって、できてるんだよね?」

「…………本人、自覚ないんですよ? 千鶴ちゃんはともかく平助君は」

「あれ、そうなんだ。意外に平助、鈍いんだね」

「多分、心の底では既に両想いな気がしますけど」

「僕達みたいに?」

「さあ、どうでしょうね?」


 にやり、と笑う沖田のそれに、悠日もにっこりと笑顔を返す。

 曖昧な返答に、沖田が黒い笑顔を返すが、悠日は動じない。

 探り合ってどうするんですか、と牡丹に心の中で突っ込まれているとは知らず、二人はしばらく無言のにらめっこを続けたのだった。

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