第十花 赤酸漿
今日の巡察の主要な面々は、藤堂と沖田だ。
その中で千鶴が気にする人間といえば……。
「千鶴ちゃん、平助くんと喧嘩でもしたの?」
突拍子もない質問に、千鶴は何を言いたいのかと目を剥いた。
その表情から、どうやら違ったらしいことを感じ取って、悠日はおかしいな、と首を傾げた。
「……あれ、違った?」
「なんでそういう解釈になるの!?」
「えぇと……平助くん、つい最近帰ってきたばっかりだったし、千鶴ちゃんは平助くんと会えなくて寂しそうだったし……」
「だからなんで……」
そう言いかけて、随分前に自分が言ったことを思い出し、顔を真っ赤にした。
ちなみに、あの後悠日と沖田の関係性が相思相愛であると幹部達に広まってしまっているため、その話が結論に至っていないのは千鶴だけである。
あれから、なんともぎこちなく、友達以上恋人未満な関係が続いている。
もちろんそれに気づいていないのは藤堂で、千鶴としては少しやきもきしているのも事実だろう。
気持ちを自覚した千鶴には、悠日達の関係は随分と大きな刺激になってしまったようだ。
「そ、そういうことじゃなくて……!」
「あ、なら良かった。……それじゃあ、沖田さんにいじわるされた、とか?」
とりあえず仲違いしてしまったわけではないようで、悠日はほっとした表情をする。
しかし、すぐに浮上した懸念を口にし、千鶴と悠日は顔を見合わせた。
ありえないことでない分、千鶴自身も咄嗟に否定できなかった。
もちろん、それを悠日が信じてしまったのは言うまでもない。
もしそれが本当なら沖田本人に突き詰めてみようかと思い、彼女は恐る恐る尋ねた。
「…………まさか本当にいじめられて……?」
「ち、違うよ! 平助くんの様子が、ちょっとおかしかったから……」
その言葉を聞いて、やはり藤堂絡みかとため息をついた。
しかしそこまで大きな問題ではなさそうなので、それについては胸を撫で下ろす。
「旅の疲れが取れてないのかもしれないよ? まだ帰ってきてすぐだもの」
「……そうなのかなぁ?」
納得できないという表情をしながらも、それ以外に考えつかないのも事実で、千鶴は眉を寄せながらも小さく頷いた。
そうして今日の巡察中の別件を思い出し、千鶴が少しだけ怪訝そうな表情をして話し始めた。
「そういえばね、今日町で私そっくりの女の人に会って……」
「…………え?」
「南雲薫さんって人。最初に気づいたのは沖田さんだったんだけど……。こんなこと言ったら失礼かもしれないけど、知らない他人のはずなのにそんなにそっくりで、ちょっと怖いというか……」
そう続けた千鶴の言葉を聞いて、悠日は真っ青になった。
唇を引き結び、胸元を握りしめるさまは、何かに怯えているようだ。
南雲の姓。女の人。
その言葉から想定できる人間は、悠日には一人しかいない。
「……悠日ちゃん…………? もしかしてその人のこと、何か知ってるの?」
悠日の反応から、千鶴は少しだけ驚いた表情をしつつも尋ねる。
さまざまな感情に流されて、それへの返答にかなりの間を要した。
返答がないことを不安に思い、千鶴が悠日をのぞき込む。
「悠日ちゃん……?」
「……え……あ…………知っては、いる、けど……知らないの」
矛盾したことを言っているのは、悠日も自覚があった。千鶴が怪訝そうな顔をしている理由が分からないわけではないのだ。
それでも、知っているのも事実知らないのも事実だ。
それが誰か知っている。その出自、居場所、そして――諸々の関係性。
知らないのは……それ以外の詳細。
当たり前だ。知ろうともしなかったのだから。
「ごめんなさい。……でも見知ってはいるけど、詳しいことは知らないの」
それを言うのが精一杯だった。嘘を言っているのは分かっている。その言葉で彼女が納得するはずないことも分かっている。
ここまで感情の変化があって、誰が納得してくれるものか。
でも、言えない。――おそらく彼女は知らない。
そして、言いたくない。
それが本心だ。
頑なな悠日の気持ちをなんとなく理解したのか、千鶴はそれ以上問い詰めるのをやめた。
重苦しい雰囲気が漂い、沈黙が続く。
話があると沖田が呼びに来るまで、その空気は続いたのだった。