第一花 野荊
詮議は、悠日の入室後すぐに始まった。
咳払いが響き、比較的優しげな声で悠日に質問を向けたのは、最も上座に座す男性だった。
「……それで、単刀直入に聞くが、君は昨日何を見たかな?」
近藤と名乗った男性が、悠日にそう問う。
目をしばたたかせて、悠日はごくごく自然に素直に答える。
「人を斬っていた、白い髪と赤い瞳の、浅葱色の羽織りを着た人……です」
そう答えた瞬間、場の空気が急に張り詰めた。いっそう睨んでくる目に剣が宿る。
その気迫に呑まれ、悠日は小柄なその体をより小さくした。
「千鶴より素直に返ってきたぜ……。ある意味すげー」
藤堂と名乗った明るそうな青年が呆れた風情でそう言った。それに続いて、筋肉質な体をもつ緑の布を額に巻いた青年がため息をつく。
「こいつ、詮議って言葉知らねえのか?」
悠日は眉を寄せた。知らないわけではないが、ここで黙っていて益があるのかないのか、悠日には分からない。
だからこそ、素直に答えたのだが……。
そんな悠日を見て、原田という人がため息をついた。
「ま、てことは、ばっちり見たわけか……」
「あの、何か問題でもあるんでしょうか?」
不思議そうに目をしばたたかせる悠日に、沖田という、先ほど縄を解いてくれた青年が面白そうに言う。
「うん。大有りだね。ねぇ、土方さん、やっぱり斬っちゃった方がいいんじゃないですか? この子みたいに利用価値があるわけじゃ無いし」
指を指された千鶴は、『斬る』と言う言葉に、どこか怯えにも似た表情を見せた。
そんな千鶴に構うことなく、副長だという土方と言う男性が悠日に問う。
「それより、一つ聞きたいことがあるんだがいいか?」
いいか、と尋ねているのにその口調には、有無を言わせずに答えさせると言わんばかりの剣が宿っている。
とはいえ反応を示さないわけにも行かず、悠日は小さく頷いた。
「なんで、お前みたいなお嬢さんがあんな夜中に町に出てた? 出歩く時間帯でもないだろう」
悠日は困惑したように眉を寄せた。
――そんなこと、私が一番知りたいのに。
かといって黙っているわけにもいかない。
言って信じてもらえるかは分からないが、言うしかない。
「なんだ? 答えられねぇのか?」
原田の隣に座した永倉が悠日を睨む。それに、どうしようと少し困った顔で彼女は答えた。
「いえ、その……確かに、答えられないというのは、あっているのですが……」
どう答えたものかと顔を伏せたとき、横から声音だけ明るい声がかけられる。
「……ふうん、言えないんだ。やっぱり斬っちゃうしかないかな?」
脅しのような言葉を口にしながら、沖田が悠日に笑いかける。
冗談なのか本気なのかよく分からないが、瞳の奥に鋭利なものが宿っているように悠日には見えた。
言うべきか迷って、悠日は決意した。
――殺されるよりはマシだと思う。
「言えないのではありません。……あの……正直、自分がどうしてあそこにいたのか、私自身分からないので……」
案の定、男達が眉をひそめるのが分かった。
それもそのはず、そんなことがありえるのか、むしろ何か隠しているのではないかと疑うのも無理はないからだ。
それでも事実は事実。これ以上言いようがない。
「……どうしてあそこにいたのか、それまで何をしていたのか……」
逆に教えてほしいくらいだ。
私はどこの人で、何をしていて――何のためにあそこにいたのか。
「まさか自分のことが分からねぇとか言わねえよな?」
「自分のこと、ですか……?」
永倉がそう言うと、悠日が首を傾げる。髪に差した簪が、しゃら、と音を立てた。
「ほら、君の名前とか、そういうの。それまで記憶喪失なのかな?」
悠日の最も近くに座っている沖田が面白そうに笑った。
「……名前、と、年齢なら………」
あとは分かりません、と悠日は首を振る。
頭の中が真っ白で、自身のことはそれ以外思い出せない。
「へー……。なんつーか、都合いいな、お前」
藤堂の言葉に、悠日は困ったように眉を寄せる。実に都合がいいのは自分でも分かっているので、どう見ても不審だという視線が向いているのは仕方がない。
そんな中、奥にいた眼鏡の人――山南さん、と呼ばれていた人が穏やかな笑顔で尋ねた。
「それで、君は、何という名で、歳はいくつなのですか?」
「
霞原悠日と申します。歳は十六です」
この緊迫した雰囲気の中でゆったりとお辞儀をした悠日に、面々は目を見開いた。
悠日としては、単に礼儀を欠くわけにも行かないのでそこは丁寧に、と思っての行動だったのだが、彼らには驚きを与えるものだったらしい。
「それと、もしかしたら、私はここ……この地に、来たことがあるのかも知れません」
それに、土方が再び眉を寄せた。
「どういうことだ?」
「目覚めて……逃げている間、なぜかは分かりませんが、『懐かしい』と感じて……。それ以外には何の根拠もないので、はっきりとは申せませんが……」
どこか気落ちした風情で悠日は目を伏せる。
しばらく沈黙が下りた。考え込む風情の土方と近藤、それをじっと見て待つ他の面々――。
信じるべきか、信じないべきか。
そんな沈黙の中、沖田が口を開いた。
「……今すぐ斬っちゃえば何の問題も残らないですよね?」
斬る。その単語を何度も聞いて、悠日の心臓は跳ねた。
まだ死にたくはない。
自分のこともよく分からず、知らない場所で死ぬなど嫌だった。
「やめんか総司。霞原君が怯えているではないか」
「いろいろ問題もあるからそれを今考えてるんだろうが。少しは黙ってろ、総司」
はいはい、と全く反省の色がない返事をした沖田が、ちらりと悠日を見た。ばちっと目があった瞬間、悠日の背筋を薄ら寒い風が撫でた気がした。
口元だけで笑った彼が、まるで『覚悟しときなよ』と言わんばかりで。
面々が互いに顔を見合わせて、緊迫した空気が漂う。
そんな空気の中、怖ず怖ずと手を挙げたのは、悠日から沖田を挟んで向こう側に座っていた千鶴だった。