第九花 暈持

 父親と新選組の関わり、そして新撰組と薬の関わり。

 千鶴が、知らされた事柄をとつとつと話していけば、沖田が大きなため息をついた。


「……山南さん、かなり詳しいところまで話したってことかぁ。まあ、君は綱道さんの娘なわけだし、知る権利はあるとは思うけどさ」

「……あの、じゃあ」

「もちろん、殺しちゃいたいのはやまやまだけどね」


 その沖田の言葉に、千鶴は少し寂しそうな表情をした。
 一年以上いても埋まらない溝。それを改めて実感させられて、寂しく思わないものはいるまい。

 そうして隣にいる悠日の存在を思い出し、千鶴は今までとは違う意味で青ざめた。

 悠日がその視線に気づくのと、沖田が口を開いたのは同時だった。


「悠日ちゃんが聞いてること、まずいと思った? でも心配無いよ。悠日ちゃんはもう知ってるから」


 その沖田の返答に、千鶴は目を見開いた。
 悠日は逆に目を閉じ、自然と俯いてしまう。


「悠日ちゃん、知ってたの……?」

「ごめんなさい、騙すような真似して。……でも、私がその薬と新選組が関わっていることを知ったのは結構最近なの。……薬そのものの話は、聞いたことがあったけど」


 真実と少しの嘘をおりまぜながら、悠日は質問に答えた。

 そもそも言っている内容自体は全て事実だ。……ただそれをすべてつまびらかにしていないだけで、その部分を嘘と言われてしまえば反論のしようがない。

 それは、千鶴に対してだけのものではないと知っているのは、牡丹だけである。


「……じゃあ、今日止めたのは……」

「危険なものだとは分かっていたから。……新選組の人たちは必死になって隠しているし、知ってしまえば千鶴ちゃん自身が危ういだろうことは想像できたし……」


 ごめんなさい、と再び頭を下げれば、千鶴は焦った様子で首を振った。


「謝らなくてもいいよ! 私のこと思って止めてくれたんだろうし……」

「まあ、君が今日広間に行っちゃったことで、そんな悠日ちゃんの制止も無駄になっちゃったけどね」


 突っ込まれたくないところを突っ込まれ、千鶴は詰まって黙り込んだ。
 自分に非があることは彼女も分かっているのだ。

 そんな千鶴に苦笑しながら、悠日はそのまま視線を沖田に戻した。


「……でも、どうしてそんな薬に関わらなきゃならなかったんですか?」

「あれ、悠日ちゃん、それ知らなかったの?」

「私の中にあるのはあくまで憶測です。憶測と事実は違う可能性が高いですし、この際ですから聞いておこうかと」


 いけませんでした? と微笑みながら尋ねれば、沖田は本日何度目か分からないため息をつく。

 この流れでは説明せざるを得ないということが分かっていての問いに、今度は沖田が説明する番になる。


「……最初の頃――壬生浪士組って呼ばれてる頃は、本当に人出が足りなくてさ。今は結構入ってきてるから、君たちにはよく分からないかもしれないけど」

「まあ……池田屋の一件以後辺りから急に増えたことくらいは分かっていましたが……」


 池田屋事件で名とその功績が知れたことから、新入隊士が一気に増えた。そのため、隊士を十分に受け入れられる場所に移るべく、屯所移転の話が持ち上がっているのだ。

 そう悠日が口にすれば、沖田はそっか、と苦笑してから話を続ける。


「その頃は、入ってきても腕の立たない人ばっかりでさ。僕達もかなり困ってて。――そんな時だよ、幕府のお偉いさんから薬の話を持ちかけられたのは」

「幕府から?」


 驚いた様子で目を丸くする千鶴に、沖田は頷いた。


「まあ、その話に乗るまでには、結構内部で揉めたんだけどね」


 それでも、今こうして薬に関わっているということは、最終的にはそれに承諾したということだ。
 もちろん、その理由にはその有用性だけでなく、幕府からの要請なので断れなかったという理由も含まれるのだろうが。

 そんなことだろうなと思っていた悠日の予想は大方当たっており、悠日は心の中でため息をつく。
 そんな悠日とは反対に、千鶴は少しこわばった表情で話を聞いている。


「……ということは、沖田さんたちは、隊士の人たちに副作用を知った上で薬を飲ませていたんですか?」


 おそらくそうなのだろうが、その意味はとても恐ろしく、千鶴は少し青ざめながらそう尋ねた。

 沖田もそれにためらうことなく頷く。


「もちろん、同意の上でだけど。隊規に背いて切腹を言い渡された人に、切腹か薬の服用か、選ばせてるんだよ」

「え……っと?」


 沖田の言葉の理解が追いつかず、千鶴は首を傾げなが彼の言葉を噛み砕く。
 そんな千鶴に気づきつつも、悠日は確認の意味も兼ねて眉を寄せながら尋ねた。


「新選組の規則は厳しいと聞いてはいましたけど、そこまでひどいなんて思ってもみなかったです。……隊規に背いたら切腹なんて、極端じゃないですか?」

「そういうのはあの鬼副長に言ってよ。あの人が中心になって考えたんだから」


 大きさも形も色も違う石を積み上げているような、そんなばらばらな浪士の集団をまとめるためには、それくらいの規則が必要だったのだろう。それを、土方は心を鬼にして作り上げたのだ。

 彼が鬼と形容される理由の一つには、この規則もあるのだろうと悠日は納得した。

 そんな沖田と悠日の会話を聞いて、ようやく理解できた千鶴は、じゃあ、とためらいながら口を開く。


「あの人たちは皆、規則に背いた人たちばかりなんですか?」

「そういうこと。……だから、『新撰組』っていうのは可哀想な人たちのことだよって言ったんだ」


 それは、以前『新撰組』について初めて耳にした時の彼自身の言葉だ。
 死を選ぶか、正気で生きていられる僅かな可能性に賭けるか。

 そんな選択は、生きる希望を与える残酷なものでしか無い、悠日はそう思った。
 あの薬は、驚異的な回復力も与えるもの。おいそれと死ぬことはないが、裏を返せば簡単には死ねないということだ。

 それがどんなに辛いことかなど想像を絶するが、僅かな希望を求めて薬を――変若水を飲んだ彼らが沖田の言う『可哀想な人』というのは一理あると思ったのだった。

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