第九花 暈持
あの場が解散となったあと、悠日は自室に戻っていた。
伊東がわざわざ部屋まで来ないのは救いで、ようやく一息つける。
庭の掃除は千鶴がやると言ってくれたので、その言葉に甘えた形だ。
小さくため息をついた悠日は、部屋の外へと視線をやった。
と言っても、障子は閉まっているため外がそのまま見えるわけではない。
冬になって寒くなり、部屋の仕切りは閉めっぱなしにしていることが多いが、たまには換気している。千鶴が一緒の時にやっているのは、互いにそういった取り決めをしたからだ。
この男所帯で表向きにも内向きにも男となっているとはいえ、見られたいものでない。
用心のためにもそうすることにした次第である。
今は、特に。
そんな現状と、この新選組の空気を思って悠日は再びため息をついた。
伊東が来てからというもの張り詰め始めた糸。
今にも切れそうなその上を歩いているのが誰か、悠日はなんとなく分かっていた。
そして、一年前、まだ記憶も戻っていなかった時分に沖田が言っていた言葉。
『薬でも何でも、使ってもらうしかないですね』
その『薬』が何をさすか、悠日は知っている。
変若水と呼ばれるもの。――人を人ならざるものへと変貌させてしまう、恐ろしい薬だ。
記憶が戻って、八瀬から帰ってからというもの、監察方とともに綱道の行方を探している牡丹に、それと同時に変若水についても調べるよう頼んでいた。
そして、ここ最近の調べで分かったのは、それが自身にも密接に関わるものだったこと。
確信の持てないものは信じ込まないことにしているが、あれだけの情報が入ってきたのであれば断定してもいいだろうと思う。
「……考えていても仕方ないけれど……」
とは言え、考えなければならないのも事実だ。
そうして、部屋に帰ってきてからずっと感じている人の気配に、悠日は眉を寄せた。
「……どうぞお入りください」
その声に、その人物は一瞬警戒の色を醸し出す。
悠日の言葉が聞こえていなかったわけではないのだろうが、入ってくる気配はない。
悠日は本日何度目か知らないため息をつき、再度言葉をかける。
「山崎さん。……どうぞお入りください。牡丹のことで、お話もございますし」
その言葉に、まるで観念したかのように障子が開いた。
そこにいたのは、監察方の山崎烝。
牡丹の相方として動いている人だ。
障子を閉めて悠日の前に座った山崎は、悠日をじっと見つめたあと、口を開いた。
「……君は、一体何者だ」
「それは一体どういった意味でしょうか?」
山崎の敵意を隠さない視線を受けながら、悠日は微笑みを浮かべてそう尋ねた。
外の風が一層強く吹き、障子が音を立てて震えた。
まるで、その部屋の空気に怯えたかのように。
「あの牡丹という者は、ただ者ではない。……その彼女の主が君だという。君がただ者ではないと想像するのは、当然とも言えると思うが」
「……牡丹のどういったところが、尋常ではないと言いたいのでしょうか?」
あくまで静かに、悠日はそう山崎に尋ねる。
しかし、山崎はその説明がしっかりとつかないのか、眉を寄せて悩んでいる風情だ。
それに小さく笑うと、山崎が睨みつけてくる。
「まあ、おそらく雰囲気その他から違和感を覚えられたのでしょうけどね」
勘のいい者は、そういったことを敏感に察知する。
彼は監察方だ。通常の人以上に観察眼に長けていると言っていいだろう。
その言葉にそれまでとは違った意味で怪訝そうに眉を寄せた山崎に、悠日はその場の空気とは正反対の笑みを浮かべて山崎を見た。
「そうですね。――私達は、ただの人ではないから、と申しておきましょうか」
それ以上の答えは言わないと言外に告げた悠日に、山崎が目を見張った。
激しかった風は、いつの間にか止んでいた。