第九花 暈持

 話というのは、少し前から話に上がっている屯所移転のことについてだった。
 ここに一年滞在しているということもあって、その話に参加させられているらしい。

 沖田の後ろに一歩下がる形で座っている悠日に伊東が視線を向けてくるが、沖田の体がそれを遮ってくれているため気分的に少し楽だ。

 そんなことを悠日が考えている傍ら、新選組の面々は難しい表情で話し合いをしていた。

 この八木家の人々は甲斐甲斐しく世話をしてくれるが、隊士の人数も増えてきたためここだけでは人を収められない状況だ。

 千鶴や悠日は女性ということもあって、幹部たちから二人一部屋という一人当たりでもかなり広い間取りをもらっているが、ほかの平隊士たちは狭い部屋に雑魚寝状態である。
 千鶴も悠日もそのことに関しては申し訳なく思いつつ、男の中に入って寝るというのは少々どころかかなりの抵抗があり、ありがたいと感謝しながら今の生活を送っている。

 そんな現状を見かねてのものだが、事がトントン拍子で進むほど容易な話ではない。


「移転するにしたって、当てはあるんですか?」

「そう簡単に引っ越し先なんて見つからねぇだろ」


 沖田と永倉の言葉に、ほぼ全員が頷きを返す。

 壬生狼と蔑まれる新選組だ。率先して受け入れてくれるような場所はそうそうない。
 だが、土方は表情を変えることなく静かに言った


「……西本願寺」


 それを聞いて、新選組の面々は目を丸くした。


「あはははは、それ、絶対嫌がられるところじゃないですか」

「確かに、地理的な面でも動くのに楽だろうし、あそこなら広いしな。分からねぇでもないが、坊主共はかなり嫌がるだろうな」


 笑い飛ばした沖田と納得した様子の原田の言葉に、京の地理に疎い千鶴は納得したように頷いた。
 悠日もその辺りは理解できたので、なるほどと頷く。


「でも、どうしてそんなに嫌がられるんですか?」


 ここまではっきりと言われるのであれば何かあるのではと考えるのが普通だ。
 悠日はなんとなく察しがついたものの、実際にそうかは分からず千鶴の質問への返答を待つ。


「西本願寺は、長州をはじめとする不定浪士の潜伏先になっている。……そこを抑えることは、不定浪士達の身を隠す場所を一つ減らすことにもなる」


 西本願寺は長州派。それは新選組にとって、不逞浪士に救いの手を差し伸べる忌々しい存在に他ならない。
 そして、それならば嫌がる理由も分かるというものだ。

 やはりそうなのかと苦笑すると、山南が厳しい瞳を向けながら口を開いた。


「……簡単に受け入れてくれる場所ではありませんね」

「断られようが関係ねぇよ。……いざとなれば、強引にでも承諾させるだけだ」

「……僧侶を武力で押さえつけるなど……みっともないとは考えないのですか」


 あくまでも屯所移転先を西本願寺にするつもりの土方に、山南は眉を寄せながら非難の言葉を口にした。

 イライラした雰囲気が伝わってきて、悠日と千鶴は互いに身を寄せ合う。
 それに気づいているのだろうが、それに関しては気にもせず、土方がなだめるような口調で山南に苦笑を返す。


「寺と坊主を隠れ蓑に好き勝手してたのは長州だろ」

「確かにその通りですが……」


 怪我をしてからというもの、雰囲気ががらりと変わってしまった山南の変化は、伊東が来てからというもの顕著になった。
 不機嫌、といったような表情以外のそれを、最近見ただろうか。
 そんなことまで考えるほどに。

 今もまた、彼は苦虫を噛んだような表情をしている。

 それを煽るように言葉を発するのは――。


「西本願寺、よろしいのではないですか」


 微笑を浮かべながら口にした伊東の言葉は、土方に賛同するものだった。

 だが、それに土方が喜ぶ様子は見当たらない。
 むしろ、なにか警戒を含んだものが感じられる。

 ここに来た当初、自分達が向けられていた視線よりも鋭く感じるのは気のせいだろうか。
 そんなことを考えれば、伊東が山南へと視線を移した。


「それにしても、山南さんは相変わらず思慮深い方ですわねぇ。……その腕、使い物にならないという話ですけど、その才覚で新選組を助けてくれそうですもの。剣客として役立たずとも、お気になさることはありませんわ」


 何か含みのあるような言葉に、山南が眉を寄せた。
 途端、部屋の中でぴんと張り詰めた糸に、悠日が軽く眉を寄せる。

 真冬の風が吹いたかのような、そんな冷えた空気。
 それを作ることを分かっていて、彼は言葉を発したのだろう。
 殺気立つ面々の中で、最初にそれに抗議したのは土方だった。


「……たしかにあんたの言うとおり、山南さんは優秀な論客だよ。けどな、この人は剣客としても必要な……」

「いいのですよ、土方君。私の腕は……」


 声を荒らげ、心の底から山南を――剣客としての山南を必要としている土方の言葉を、山南が遮った。

 信頼に答えられない、それが彼に重い。
 これからどうにかなる、という問題ではないのが分かっているから、なおさらだ。


「あら、それは失礼しましたわ。……治るのであれば、何よりですものねぇ」


 笑顔と共に向けられた謝罪に、山南は黙り込んだ。

 土方も、自身の言った言葉が山南を更に追い込んだことに気づき、小さく舌打ちをする。




 その後、重くなった部屋の空気を見かねて近藤が伊東を連れ出すまで、糸は張り詰めたままだった。

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